登山者情報1192号

【9月15日/梶川尾根遭難/井上邦彦調査】

 13:00に自宅を出る準備をしていた。12:55無線機から微かに「・・・HZU・・・」と聞こえた。応答するがこちらの波は届かないのか、再びHZUを呼んでいる。そこで梅花皮小屋番をしているUWSを呼び出し、中継を頼んだ。すると「滝見場から5分程下った所で登山者が転倒し、右膝を脱臼し動けない。」とのことである。すかさず携帯電話を取り出し、小国警察署に無線を傍受するように指示し、UWSに救助要請者などの詳細情報を送るように指示した。今から準備して直行すれば2時間で現場まで行けるだろう。15:00現場着として出掛けることとし、ザックに救急用具一式とレスキューハーネス、9mm×20mロープを詰め込んだ。途中からODDも入ってきたので、すぐに出動を指示した。
 小国警察署に顔を出すと、既に県警ヘリ出動を要請したとのことであるが、一方、梅花皮小屋からは雲がかかって滝見場が見えないとのことである。航空隊のみに任せるにはリスクが高すぎる。このまま車を走らせた。玉川新田集落で車を停め、無線でUWSに「現在konchangが丸森尾根を下っている筈、至急連絡を取り、そのまま梶川尾根を登り現場に向かうこと」と指示をした。倉手山は見えているが、稜線は雲に覆われている。
 登山届記載所脇に車を止めて地下足袋を履く。konchangは既に楢の木曲りとのこと。梶川尾根に取りつくが、暑い!面倒なので服を脱ぎ上半身裸で登る。登山者とすれ違うたびに「すみません、急いでます。先に通らせてください!」と声を掛け、道を譲っていただく。
 対面する丸森尾根を見ると、夫婦清水の樹林が確認できた。夫婦清水の標高から推定し、「標高1,200m以上は雲で視界なし。その下は問題なし」と無線で送った。滝見場の標高は1,145mであるから、現場は雲の下限ぎりぎりである。現場からの気象情報提供も大切な業務である。ともあれヘリが収容できる保証はない。
 再度無線で確認するが、負傷部位は右膝である。膝を固定した場合、レスキューハーネスで背負うことが可能だろうか?担架搬送となれば二次隊三次隊が必要となる。骨折はしていないとのことである。そう簡単に膝が脱臼するとも思えない。鎮痛剤を投与し、膝を曲げた状態で固定し、強引に担ぐしかないだろうと腹を括る。
 「ZZU到着!」konchangが現場に到着したようである。「症状を送れ」と指示するが返答はない。実は現場ではなく湯沢峰通過の間違いであったが、それは後で知ることとなる。
 湯沢峰の肩に到着したと同時に県警ヘリ月山のエンジン音が聞こえてきた。14:46湯沢峰に到着すると、目の前でヘリがホバーリングしており、担架と隊員が見えた。ここでうっかり既に負傷者を収容したと勘違いをしたので、ザックを降ろして見物を決め込んだ。
 konchangも航空隊員と現場にいる。私がここから現場まで行く間に、収容作業は完了するだろう。長井の堀越さん?に水とチョコレートをいただく。そう言えば、飲食物は何もなかったのだ。
 見学をしていると何時になっても収容作業が始まらない。「樹木が邪魔、負傷者を滝見場まで移動させろ。」との無線が入る。これはまずいことになった。「私も行くか?」と尋ねると、konchangは「自分達だけで運ぶとのことである」。これも勉強のうちだろう。
 ただ危惧するのは、担架で山道を搬送することは、担ぐのとは桁違いの労力が必要である。これまで相当時間ヘリがホバーリングしているが、さらに搬送する時間の燃料があるのだろうか?通常なら一度戻って燃料を補給すべきだろう。しかしその間に雲があと50m下降したらヘリによる救出は不可能になる。雲は僅かながら下り始め、滝見場の樹木が見えなくなりつつある。吊り上げ時に近くに樹木があると風圧で枝が大きく動き、ワイヤーや人間が枝に絡みつく可能性があることはダイグラ尾根で見ている。まして横にした担架を吊り上げる場合は、回転するので絡みつく危険性が倍増する。どうするにも極限の判断となる。
 15:18突然、担架と隊員が空中に浮かんだ恐らく搬送途中に、僅かな空間を見つけ、一気に勝負を賭けたのだろう。さらに隊員の回収も行うと、ヘリはただちに反転し飛び去っていた。
 湯沢峰に到着したODDと共に、下山してきたkonchangと遭難者パーティを迎え、一緒に下山した。

14:46筆者が湯沢峰山頂到着と同時に現場でヘリがホバーリング
航空隊員が担架を持って下降していった
樹林がある所が滝見場
現場は滝見場の直下である
雲が滝見場まで降りてきた
ようやく吊り上げが始まった
ヘリに収容作業中
負傷者収容
次は隊員の番だ
隊員の収容
隊員も無事に収容
雲が押し寄せる中、すぐに病院に向かった
konchangが撮影した転倒現場