登山者情報205号

【西俣峰/1996年04月06日井上邦彦調査】

7時12分、梅花皮荘の駐車場に車を止め、民宿奥川入でカンジキを履く、小雨が降ってきた。兎が全力で駆けた足跡、一直線に続いているのは狐の足跡、熊のように大きいが指の跡がはっきりしているのが猿の足跡だ。杉林の中を抜け右手に小さな小屋を見て右の尾根に取り付く、夏道は全く露出していない。堅い雪の上に湿った新雪が20cmほど積もり、偶蹄類独特の二本爪の足跡を辿る。昆虫の羽のように見えたのは楓の実であった、空を飛ぶという共通点を持った両者はよく似ている。マンサクの花芽はまだ堅く閉じている。急な尾根であるが汗をかかないようにゆっくりと登る。岩場でもカンジキを脱がずに柴を掴んでよじのぼった途端8m先に、見事な灰色の毛にふんわりと包まれた羚羊が私を見つめている。ゆっくりとザックを降ろしてカメラを探すが、このような時に限ってなかなか出てこない、つい羚羊から目を逸らす。ようやくカメラを構えた時には、彼は左手の藪の中でこちらの様子をうかがっている。これでは写真にならない。再び尾根を登ることとする。羚羊の足跡は忠実に尾根を登っており、途中で屈んだ跡もある。 尿の跡はあるのだが糞が見つからない。最後は夏道に沿って右に巻き、標高520mで主尾根に合流する、枝に赤いデフ布が縛られている。絡み合ったナラとブナがギーギーと悲鳴を上げている、手に持ったストックが吹き飛ばされそうだ。上のピークで渦巻いた風が押し寄せてくる、2本のストックに寄りかかってやり過ごす。雪面にデブリが波打っている、雪崩ではない、ロールケーキのような無数の雪塊が斜面を舞台に踊り狂っているのだ。先行する羚羊のルートファインディングは私の読みと一致する。小さな雪庇を乗り越す、一度雪に潜ると大変だ、新雪に隠された亀裂をどう読みとるかが問題だ。右手の斜面にでて越えることとする、またもや羚羊の足跡と一緒になる。途端に私は大声で笑ってしまった。隠された亀裂に穴が開き、そっくり羚羊の身体の跡が残っているではないか。標高700mの広場は池がうまった所だ。国土地理院の地図にはここに登ってくる登山道が記載されていたが、これは誤りである。
次第に風が強くなる。雪塊が飛んできて右頬を殴りつけていく。締まった雪の上に積もった新雪が、雪庇の先端で強風に煽られて皮を剥ぐように飛ばされているのだ。新雪の量が増えてくる、ついには膝上のラッセルとなる。天井に丸く開いた青空から伸びてくるスポットライトを浴びる、風の合間に感じる束の間の紛れもない春の光である。
10時、のっぺりとした西俣峰山頂に到着。稜線は見えない。くるぶし程度の抜かり具合である。雪庇の飛び込み台から雪煙が舞う。巨大な雪庇は安定している、風を避けようとして雪庇の下に入った瞬間、頭からバケツで雪を被せられた。標高を下げて休憩することとする。福島の正木さんから頂いた林檎を頬張り、のんびり下ることとする。今年は雪が多い。
状況を確認する。まだあまり亀裂が入っていない。今後連休にかけて危険な状態が続くことだろう。登ってくる登山者2人連れと出会う、イトウさんとのこと、飯豊では私と何度か会っているらしい、今日は途中で雪洞を掘るとのことであった。11時36分梅花皮荘駐車場に到着。11,304歩であった。

【長者原〜天狗平】

西俣峰から遠望し、その後公園管理人藤田栄一氏と協議した結果。今年は雪が多い、ようやく山肌に亀裂が入った段階であり、今後雪崩が多発する。特に砂防ダム前後(牛の倉の上の沢〜といた沢)が危険である。日本重化学温身平取水口へ通い始めたので、吹き付け(つたものわら沢対岸)の急斜面のトラバースにはスコップで道を掘ったものの、滑落の危険性は高い。この区間の危険性は連休過ぎまで続くものと考えられる。