登山者情報945号

【2005年08月16日/梅花皮沢赤滝遭難/井上邦彦調査】

14日救助作業の帰り、梅花皮沢でオオスズメバチの巣をODDに教わった。場所は登山道の真ん中であり早急な処置が求められる。巻き道を作る方法もあるが、現道に近ければ作業中の振動で蜂が襲ってくる恐れがある。現道から大きく外れれば、また一部の自然保護論者がヒステリックに攻撃してくる恐れがある。さりとて放置しておけば、登山者が刺される。何しろあいては名だたるオオスズメバチである。死者が出ても不思議ではない。
16日置賜森林管理署と山形県環境保護課に電話をして状況を説明、自然公園法施行規則第12条27の2に「特別地域内における許可又は届出を要しない行為」として「有害なねずみ族、昆虫等を捕獲し、若しくは殺傷し、又はそれらの卵を採取し、若しくは損傷すること」と記載されていることを教えていただく。登山道上におけるオオスズメバチの巣の撤去はこの条文に該当する。
問題は誰がやるかである。数人に電話をするが、オオスズメバチと聞いては誰もが尻込みするのも当然である。私一人で対応するしかないだろう。ホームページでオオスズメバチの性質や駆除方法を調べると、身の毛もよだつことばかり掲載されている。丸森尾根の場合はキイロスズメバチであった。比較にならない危険性がある。そこで明朝未明に夜襲をかけることとした。
11:40頃、突然建物が揺れた。地震である。船酔いをしそうな長い揺れであった。早速TVをつけてみると、宮城県で震度6弱、小国で震度4であった。
地震の余韻が残る13:30、職場の電話を取ると「遭難発生、警察署に来てください」、「地震で雪渓が崩壊し登山者が押し潰されたのかな?すると厄介な作業になるな」と考えながら小国警察署に出向く。
予想は外れた。男性が赤滝で滑落、1名が現場に残り、1名が飯豊山荘に助けを求めたとのこと。南部駐在が山荘に向かっており事情聴取を行うとのこと。なお飯豊班の伊藤班長も山荘に向かっているらしい。
警察無線の電波状態が悪く、良く現状を把握できない。焦っても仕方ない、先ずは腰を下ろし、主メンバーに電話を入れる。皆、勤務中であり、なかなか確保できない。何とかQVHとODDにお願いし、出動の準備を依頼した。17:00以降であれば可能性があるというLFDには、都合がつき次第に署に来て貰う事とした。MMBからは新潟県で海難事故が発生しているため、福島県防災ヘリを依頼している旨の連絡があった。
飯豊山荘にいる伊藤班長から衛生電話が入った。「現場は赤滝のヘツリ途中、滝状の沢を横断中滑落、5m下のテラスで止まった。テラスから沢までは10mある。付き添い者がテラスに降り応急処置を行っている。頭と眼と鼻から大量の出血あり、首は動くのでレスキューハーネスの使用ができるだろう」とのことだった。山荘では連絡が不便なのでいったん集落まで戻り、数名の隊員を確保してくれるよう頼んだ。
現場がそこなら何とかなるだろう。現場から直接ヘリで吊り上げるのは難しいかも知れないが、確保すればレスキューハーネスで背負って登山道まで上げることは可能だろう。そこから登山道を下り前回門内沢パーティを発見した場所まで下れば吊り上げが可能になる。それでも駄目なら人力搬送で今晩中に降ろすことを考えた。
警察署長と協議し、小国署からGPNまたはPWD、MESの2名を出してもらうこととした。QVHとODDに出動準備して署に集合と連絡をした。私も自宅に帰り山道具と登攀用具を詰め込む。
新潟県の海難事故に海上保安庁が出動したので、新潟からヘリを1台回していただけることになった。
PWD・MES・HZU・QVH・ODDの5名で警察車両に乗り天狗平に向かう。湯沢ゲートで警察官から、飯豊班のGCS・OXK・NOOが先に向かったとの情報を得た。ゲートには梶川尾根を下山中の13日遭難パーティ(最後まで付き添った2名)を待っている関係者の方がいた。
16:28砂防ダムを出発する。ODDの速度は早く、下手をすると置いて行かれそうだ。16:44うまい水、16:54近大慰霊碑を通過する。横切る小沢の流れから山は水を多く含んでいると感じる。先行しているGCSから無線で「現場に到着、負傷者は滝上の石にいる」「登山道に上がっているのか」「そのとおり、登山道にいる」と連絡がある。17:05梶川出合のヘツリはそのまま川の中を進む。後ろから爆音が聞こえてきた。
月山と同じ色、機体には「ときかぜ」の文字が見えた。新潟県警ヘリ「ときかぜ」である。ヘリに負けまいと先を急ぐ。赤滝のトラバースに差し掛かった所で、OXKとODDが「ここから近づくなと合図があった」と岩に腰を掛けていた。確かにこれ以上近づくと風圧で登山道から叩き落される可能性がある。NOOを含め4人で救助作業を見守ることとした。
既に航空隊員が1名現場に降り、遭難者に吊り上げ用のハーネスを装着している所である。ヘリの外に出て足の上に立った隊員が微妙なワイヤー操作を行っている。ワイヤーが現場に近づいたと思うと、ザックだけが吊り上げられ、ときかぜが移動した。切り立った岩場では、回転翼が岩や木に触れた瞬間に墜落する。現場上空でのホバーリングはまさに命懸けである。少しでも岩場から離れた状態で作業をするのが鉄則である。
再度ときかぜが現場に近づいた。現場周辺の草木は台風の直撃を受けた如く激しく揺れる。足場の不安定な現場では岩にしがみ付いていることだろう。隊員に抱かれるようにして負傷者の身体が浮いた。足元は深い谷底であり、雪解けの激流が流れている。ザックとは違い、ゆっくりと機体を移動させながらワイヤーを巻き上げていく。そうして負傷者が機体に収容されると、ときかぜは機体の向きを変え、下流に飛び去っていった。我に帰って時計を見ると、17:22を示していた。
下り始めるとMESとPWDが登ってきて、写真が必要と現場に向かった。私達は下山を始めたが、NOOが「蜂の巣の所に石油を置いてきた」と言い始め、ODDも「蜂スプレーとエピペンもある」と同調したので、蜂の巣処理をすることにした。
先ずは、遭難者の同行者と手助けしてくれた登山者に注意を与えて先に通す。蜂の巣をよく観察すると、木の根の脇の小さな穴からオオスズメバチが出入りしている。私が石油を持って静かに巣に近づいて、穴の中に石油を注ぎこむ。その後にあらかじめ先に軍手を縛りつけ石油を掛けておいた棒に火を点け、穴に点火する。思うように燃えないので、OXKが杖棒を穴の中に差し込み掻き回す。時折来る戻り蜂はODDとOXKがスプレーで追い払い、落ちた蜂を踏み潰す。タイミングを見て炎に噴射し蜂の羽を焼く。もぞもぞと蜂が穴から出てくる。適当な所で何度も噴射し羽を焼く。夕暮れが近いせいか、戻り蜂の数は少ない。ただ蜂の大きさは流石である。最後に穴から出てきたものは私の親指を少し長くしたような大きさであった。女王蜂かも知れない。だとすると確実に殺す必要があると、踏み潰す。全て鎮火した時点で、もう一度残った蜂スプレーを全て穴の中に噴射し、穴を石で塞ぎ、処理を終えた。
PWDは私達が作業をしている間にGCSと崩壊している旧道を通っていた。民宿を経営しているGCS(彼が調理担当)は客が待っているからと、一人先に下山した。
下り始めると、雨が激しく降ってきた。カメラを濡らすのが嫌なので私だけカッパの上を着、あとは皆んな濡れるに任せて歩いた。思えば今回もかろうじて日暮れと雨に先んじることができた救助作業であった。
18:52砂防ダムに到着。

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