【2007年07月18日/遭難・石転ビ沢〜梶川尾根/井上邦彦調査】
「遭難発生、場所は烏帽子岳付近、滑落」すぐに小国警察署に向かった。情報を整理する。「一行は御西小屋から梅花皮小屋に向かう中高年女性5名パーティ。そのうちの1名が滑落し、携帯電話で救助要請があり、梅花皮小屋からOTJが現場に向かった。視界は殆どない。」
御西小屋のIWUから本山小屋にいるT氏派遣の申し出があった。彼の装備や技術を確認し、御西小屋で待機してもらうこととした。ヘリの要請もなされたが本日のフライトは見込めない。地上部隊の出動を検討するが「石転ビ沢を登るには、中越沖地震後の情報がない。雨模様で視界もない。従って夜間突入はリスクが高い。夜間に梶川尾根を登らせた場合は、明早朝に石転ビ沢を登らせた場合とあまり変わりない。」
そうこうしていると、「登山道から遭難者の声が聞こえる」との情報。生きていることと滑落距離が比較的短いことが確認されたが、ロープを持参しているとは言え、OTJ一人で対応できるのか微妙なところである。
OTJから「遭難者は自力で登山道まで這い上がった。場所はクサイグラ尾根分岐手前。」との連絡、署内に歓声が湧いた。後日、本人から聞いたところによると、「アイゼンなしストックで残雪を通過しようとした時に滑落、当初は仰向けになっていたが左手に土が見えたのでそちらに向かおうと回転してうつ伏せになった。残雪の亀裂に突っ込み、ザックと身体が楔のようになって止まった。大声を出したが上からの返事はなかった(風向きの関係なのけ、上では聞こえていたが、上からの声は下に届いていない)。ザックを外しアイゼンを出して装着した。雪の上は怖いので土の上を登って登山道に出た。」
OTJから「右手に骨折の疑い、梅花皮小屋に向かう。」との連絡があった。ともあれ一安心である。これで夜間突入の必要性は消えた。明日、どのようにして降ろすかが問題である。小さな寒気が抜けるので、明日は今日よりも良くなりそうであるがヘリがフライトできる保証はない。気掛かりなのは負傷の程度である。現在はアドレナリンが出ているので何とか歩いて梅花皮小屋に向かっているとのことであるが、明朝になれば身体のあちこちが痛くなって歩けない可能性がある。
ヘリによる搬送を優先し、ヘリが使えない場合のために地上班を数名現地に送ることとした。タイミングが良ければ早朝のピックアップとなる、極端に急ぐこともないので、03:30小国警察署集合、メンバーはHZU・LFD・PWD・MESとし、救出計画書を関係者にFAX送信し帰宅した。
さて、ここで大きな問題がある。実は7日に転落して痛めた右足がまだ完治していない。そこで軽登山靴を履いて足を固定しアイゼンを使用することにした。このことが後で大きな障害になる。次に16日の朝、腰がいわゆる「ぎっくり腰」になり、やや改善しつつあると言っても、両手を使わないと椅子に座ることもできない状態が続いている。仕方がなく薬屋に行って腰バンドを購入してきた。
寝ていると雨の音が聞こえたが、起床した02:40には雨は上がっていた。前夜に準備していた道具を車に積み、コンビニでお握りを買い込み小国署に集合、警察車両で天狗平に向かった。
04:12湯沢ゲートの鍵を開ける。腰バンドを装着し、04:28砂防ダムに車を置いて歩き出す。一面ガス、先頭を歩いているとたちまちズボンが露に濡れた。途中でOTJより無線が入る。「石転ビノ出合から上は晴れ、遭難者は右手に加え左手も腰も痛くなっている。」予想したとおりだ。そろそろ日の出の時刻でありヘリがフライトできる。私達はせいぜい石転ビノ出合まで行けば、そこから戻って出勤もできるだろうと考えた。
05:10-12OTJから「少しガスがかかり始めた」との連絡が入る。高巻き道を越えて05:24梶川を渡る。程なく門内小屋が見えてくる。門内小屋管理人のNENを呼ぶが応答がない。
05:50石転ビノ出合に到着する。高曇りであるが梅花皮小屋・門内小屋ともにすっきりと見える。ヘリでピックアップするには最高の条件である。門内沢と石転ビ沢合流点前後の雪渓は全て崩壊してなくなっている。先ずは門内沢に入る。ここでLFDは身軽に沢を渡って行ったが、私は靴と靴下を脱いで膝を捲り上げゆっくりと渡った。右足を冷やしているような感覚であるが、とにかく冷たい。何とか渡渉して靴下を履こうとすると、たっぷりと絞れた。
06:02-12門内沢を渡渉して食事を取る。OTJから無線が入る。「梅花皮小屋の天候良いが、空港の天候が悪くヘリはフライトできない。」ムムム・・・これがあるから油断はできない。ともあれ私達は登り続けなければならないことになった。
06:22石転ビ沢を渡渉する。LFDはさっさと先に行ってしまう。私だけが素足になる。軽登山靴を履く時に手を突っ込んでみたら、右足の爪先上部に硬いものが垂れ下がっている。靴の上から押すとそこだけが柔らかい。この硬いものが親指に当たっているため、右足が痛くて歩きにくくなっていたのである。親指は靴擦れのように穴が空き始めている。(後日ICI石井新潟店の菊池さんにお聞きしたところ、軽登山靴の爪先にはプロテクター?が内蔵されており、爪先を曲げるような歩き方を続けているとプロテクターは両側からの圧力で中心部がへこんで内側に飛び出ることがあるとのことであった)
石転ビ沢右岸の登山道にはオオサクラソウ(盛)・ミヤマキンポウゲ・カラマツソウが咲き、岸壁にはニッコウキスゲが見られた。雪渓に上がると雪は硬くなっており、磨り減った靴底は滑る。雪渓の凹凸や黒い塵を拾って右足に負担がかからない様に歩く。
07:02-09ホン石転ビ沢対岸でアイゼンを装着する。既にLFDは北股沢出合の下まで登っている。MESとPWDは調子が悪いらしく随分と遅れている。07:38北股沢出合を通過する。清水は雪渓の下に出ており使用できるが、付近は雪渓が薄いので近づく時は注意が必要だ。北股沢はまだ多少落石の可能性が残っている。少し疲れてきたが休まずに登り続けることにした。
何時ものように落石を避け左岸寄りに登る。黒滝に亀裂が入り大岩の頭が露出している。その脇は黒く水音がする。この亀裂に落ちれば何時ぞやの死亡事故と同じになるだろう。
狭くなっている黒滝を過ぎ、さらに左岸寄りを登り、一気に中ノ島(草付キ)を目指す。左岸から入っている枝沢に亀裂があり、落石の可能性は減少している。中ノ島(草付キ)両側の雪渓も途中で落石が止まりそうだが、完全ではない。むしろこれからは中ノ島(草付キ)からの人為落石の可能性が高いようだ。
07:50中ノ島(草付キ)着、LFDから中ノ島(草付キ)最上部のトラバースに雪はないとの連絡があったので、07:53アイゼンをザックに収納し落石を起こさないようにゆっくりと登り始める。
登山道の両側にはノウゴウイチゴ・ハクサンコザクラ・ミヤマキンポウゲ(盛)が咲いている。07:53右からトラバースの道を合わせる三角岩の両側はまだ雪がある。上部からの落石は必ずしも止まるとは限らないだろう。
何時の間にかガスがかかってきた。下部は北股沢出合までしか見えない。08:00-02途中の水場で立ったままお握りを水で流し込む。
08:13中ノ島(草付キ)上端、シナノキンバイが咲いていた。LFDの言うとおり雪は消えたばかりだ。ここはまだ落石がないとも言い切れないので早々に通過した。
08:20草つきの広場に到着する。ここから梅花皮小屋までの間は雪に覆われており融雪水が流れている。
08:27梅花皮小屋着、何人かの登山者が私達を出迎えてくれた。OTJに「遭難者は?」と尋ねると、先ほど本棟前の柵に寄りかかって迎えてくれた登山者がそうだと言う。
怪我の様子を確認する。右手は湿布を貼って首から布で吊るしていた。左手も湿布を貼っている。右手指先の感覚はあるが動かせない。左手指先は動かすことも出来た。右手は腫れが認められず、一晩冷やし続けて楽になってきたとのことである。逆に昨日はストックを利用できた左手が痛くなってきたので鎮痛剤を服用しているとのことである。また右太腿部に痛みがあるとのことである。スクワットをしてもらったら、90度までも曲がらない。足を上げてもらったら、両足とも上がる。本人は「登りは大丈夫と思うが降りは自信がない」とのことである。また、本人を始め全員が石転ビ沢に対しては恐怖感があり降ろせそうもない。
先ずは右手に三角巾を巻いて凹凸をなくしサムスプリントを副木にしてガムテープで固定し、三角巾で首から吊り下げた。症状から自由度を確保するため首から提げた三角巾の固定(通常はこれを胸に固定する)をしなかった。また左手はザック搬送で使うために持参した腿吊り(カーペットで自作)を副木にしてガムテープで固定した。
PWDが到着した段階で搬送方法を協議する。遭難者の容態をこれ以上悪化させないで病院に搬送したいが、通常は両手を使う急斜面の下降はどうしても負傷した手に力が加わることが避けられない。足も負傷(打撲)しているので、下山途中で歩けなくなり背負い搬送の可能性があるが、現有人員では担ぎきれないだろう。また背負い搬送も手に力を加える可能性が高い。HZU・LFDは休暇取得の関係上、明日は出勤したい。今日よりも明日の方が天候は期待できるが、絶対はない。ヘリに頼った場合はさらに日程がずれ込む可能性もある。仮に明日ヘリで搬送できても昼近くになれば同行者4名を下山させることができなくなる。
様々に検討した結果、PWD・MES、遭難者と介助者(遭難者は女性であり両手が使えないので、女性の介護者が必要)がこのまま小屋に泊まり、明日以降のヘリ搬送に期待をかける。同行者3名は梶川尾根経由でHZU・LFDがサポートして下山させることにした。
電話で本部と最終打ち合わせをおこなう。その時に「稜線は本日中の回復は見込めない。明日も確実性はない。本日、高度を下げれば視界が確保できる可能性がある」との情報が入った。
腹は決まった。直ちに全員を梶川尾根経由で下山させる。北股岳を越えることで遭難者がどれ程歩くことが可能か判断できる。もし無理と判断した場合は門内小屋のNENに寝具と食料を頼み込んで宿泊する。可能と判断したらそのまま梶川尾根を下山して、途中のピックアップに期待する。途中での背負い搬送に備えて二次隊の出動を要請する。
タイムリミットの時だ。遭難者にスワミベルトを後ろ向きに装着し、5mmクライミングテープ2本で猿回しをセットする。さて歩こうかとした時に、遭難者が「登山靴の底が剥がれている・・・」、見ると底が剥がれかけており紐で縛ってある。紐ではすぐに切れる。私物缶から針金を出して固定する。すると「もう片方の靴底も・・・」、OTJに針金を出してもらい、こちらも固定する。
09:52梅花皮小屋を出発し北股岳を向かう。周囲はチシマギキョウ(盛)を始めヒナウスユキソウ・オヤマノエンドウ・ムカゴトラノオ・ニッコウキスゲ・ヨツバシオガマ・タカネアオヤギソウ・タカネヨモギ・イワオウギ(始)・ハクサンフウロ・ノウゴウイチゴ・クチバシシオガマ・ハクサンボウフウ・コバイケソウ・ミヤマキンポウゲ・イワカガミ・ハクサンコザクラが咲いている。遭難者の足取りは思いのほか軽い。
10:16-18北股岳山頂で靴底を縛り直す。いよいよ問題の下降である。道刈りがなされたばかりで、笹等が登山道に散乱しているので足場が良く見えず、また滑りやすい。コンテニュアスの要領でテープを張らず緩ませずに調節し、バランスを崩しそうになったら負傷者の頭上からテープを張る(後ろから引くと転倒する)。
ナナカマド・ハクサンシャクナゲ・ミヤマダイコンソウ(終)・オノエラン(盛)・チシマギキョウ・ヨツバシオガマ・マルバシモツケ・イイデリンドウ・ニッコウキスゲ(盛)が咲いている。特にニッコウキスゲは圧巻である。
11:17-52門内小屋に到着し、腰を降ろして休んでいると鉈鎌を手にしたNENが帰ってきた。暖かいコーヒー等をご馳走になる。ここで遭難者パーティの皆さんに私達の素性が露見、一気に和やかなムードになってきた。
救助作業において重要なポイントは深刻な雰囲気をなくすことである。緊張感に身を固める時と、逆にリラックスする時の使い分けが必要なのである。
ナナカマド・ヒメサユリ(終)・ニッコウキスゲ・クチバシシオガマ・ヨツバシオガマ・が咲く中を進み、12:12胎内山を通過した所で、登山道にAXLが立っていた。ガイドの最中で昨日は頼母木小屋に泊まっていたのだが、心配して様子を見に来てくれたのだ。
12:17扇ノ地紙でAXLと別れ長大な草原の尾根を行く。草原にはチングルマ・イワカガミ・イワイチョウ・ゴゼンタチバナ(盛)・アカモノ(終)・トキソウが咲いている。特にヒメサユリ(盛)・ニッコウキスゲ(盛)に包まれて皆の顔も自然と綻ぶ。
13:04梶川峰を通過して、いよいよ下りに取り掛かる。トットバノ頭(カッチ)の笹道にはネマガリダケの筍が美味しそうに突き出ている。ミヤマコウゾリナ・ヤマトウバナが花の仲間入りをする。
遠くにヘリの音が聞こえるが、雲があって侵入できない。暫く旋回したあと、燃料がないので戻る旨の連絡があった。
13:30-48三本カンバに着くと、ここだけがスポットのように視界がよい。僅かの差でヘリとすれ違いである。まもなく視界は閉ざされた。一息入れて、本格的に急坂を降る。下から足場をサポートし、頭上からテープで吊り上げるようにして、遭難者は微妙にバランスを保ちながらゆっくりと降る。
二次隊のGCSが合流する。再度ヘリの音が近づいてきた。文覚沢の上空、我々とほぼ同じ高度である。GPSで測定した緯度と経度をヘリに送るが、雲のためヘリは近づけない。NBWから「五郎清水は視界が良い」との無線が入る。再び下山を開始する。遭難者を吊り下げる右手が疲れてきた。
NBWが合流し、14:28-47五郎清水に到着したが・・・視界はない。GPNも合流、私はここでテープ確保をMESに替わる。同行者達の疲れも顕著になってきた。彼女らの荷物を分けGCSやNBWのザックに入れる。
15:20滝見場に到着、途中で合流した荒木が担いできた握り飯を食べる。気のせいかガスが薄くなってきた。ヘリの音が聞こえてきた。GCSが近くの樹先に登って手を振る。GCSが機体を見つけた。同行者達をブナ林の中に後退させる。GCSも樹から降りる。遭難者とMESを三叉路に残して距離を保つ。
「もがみ」の機体が姿を現した。凄まじい風が襲ってくる。航空隊員が1名ワイヤーで降ろし、もがみは周囲の旋回に入った。遭難者の吊り上げ準備が整うと、またもがみが現れ、隊員と遭難者を一気に吊り上げた。
15:42ピックアップ成功!よし!皆が三叉路に集まる。LFDが展望地から大声で呼ぶ。行ってみると、梅花皮大滝と石転ビ沢が姿を見せてくれた。
残った皆で下山を開始する。16:22-31湯沢峰で休憩、暑い。17:16-21楢ノ木曲リ、同行者達の疲労が一段と強くなってきた。彼女らのサポートをしながら降ると、先日環境省で設置した登山者数カウンターがあった。
18:00全員無事で湯沢ゲートに到着すると、飯豊班々長OXK達が迎えてくれた。
今回のコース(滝見場の□でピックアップ) |
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中ノ島(草付キ)の下端と上端 |
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赤滝を過ぎると 石転ビノ出合が見える |
石転ビ沢、上部は雪が消えてきた | 門内沢・石転ビ沢合流点の 雪渓はなくなった |
石転ビ沢全景 | 中ノ島(草付キ)を仰ぐ | 門内沢から石転ビ沢 |
門内沢 | 先ずは門内沢を渡渉する | |
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飛び石伝いに跳ねて行く | おっとっと | LFDは身軽に越えて行った |
MESが跳ねる | ルートを考えながら跳ねる | 無事に通過 |
今度は石転ビ沢を渡る | 恐る恐る | バランスを保って |
LFDは既に雪渓を登っている | 途中右岸の枝沢 | ホン石転ビ沢出合から仰ぐ |
下は雲海だ | 石転ビノ出合を見下ろす | ホン石転ビ沢出合のPDWと横山 |
北股沢はまだ雪渓がある | 北股沢出合の清水が出てきた | 黒滝を見上げる |
ここの場所は落石注意だ | 黒滝に亀裂ができた、落ちると終り! | 隣の尾根と結ぶ大岩 |
ガスが出てきた | 中ノ島(草付キ)上端のトラバースは 雪が消えた |
ギルダ原はニッコウキスゲのお花畑 |
負傷部位の固定 吊下げの三角巾は固定せず |
扇ノ地紙にてAXLとスライドする | 負傷者の靴底を固定 |
ストックのゴムが問題 | 昨年整備した水路 | 施工した斜面 |
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平坦部の施工箇所 | 良く見ると | 草が生え始めている |
あちこちに草が顔を覗かせている | 緑化ネットだけの所は | 僅かだが草が見えた |
ここにも | トキソウ | ミヤマリンドウ |
遭難者をサポートして下る | 遭難者は両手が使えない | 急な下りが連続する |
ヘリの風圧で枝が激しく揺れる | 防災ヘリもがみが現れた | 落葉や木の枝がカメラを直撃する |
身体を伏せて待つ | 航空隊員が降りてきた | 地上班員と打ち合わせる |
遭難者の容態を確認しヘリと連絡を取る | 再びヘリが飛来する | 身を屈めながら準備をする |
遭難者に吊り上げの装置をセット | 見る見るうちにヘリに吊り上げた | ヘリに乗り込む |
梅花皮大滝が見えてきた | 石転ビ沢方面も見えた | 石転ビ沢上部 |
環境省が設置した登山者数カウンター | ||