登山者情報 第1167号

【2008年07月06日/遭難:石転ビ沢/井上邦彦調査】

 早朝は河川清掃に汗を流し、昼から知人の告別式に参列する。まだ早すぎる死にやるせない気持ちで帰宅、何気なく部屋で横になっていた。
 15:04携帯が鳴る。送信者名を見て嫌な予感。案の定「石転ビ沢で滑落・・・」「はいはい分かりました。署に行きます。」
 小国警察署の玄関で、山装備の署長・PWD・MESと会う。「もう出動ですか?」と尋ねると、「梶川尾根に放置ザックがあると連絡を受けたので回収に出かけたが、登山口で遭難発生の連絡を受けたので戻ってきた」とのことである。
 さっそく署の2階で状況説明を受ける。「石転ビ沢上部でご夫婦のパーティが滑落。それを見た登山者が梅花皮小屋のOTJに通報。OTJは下降して二人に付き添っている。夫の左足首が異常に膨れており、動かせない。」とのことである。
 OTJの携帯に電話をする。「場所は黒滝の上、雪渓脇の斜面に居り落石の心配は少ない。下部は雲に覆われているが、稜線は見えている」とのことである。まずは一安心である。LFDから電話が来る。遭難発生を聞き付けたようである。何時でも出動できるように準備しておいてもらうよう頼んだ。
 早速ヘリコプターの手配をする。概念図を作成し、緯度・経度を添えて航空隊に送る。しかし、ここでとんでもないことが判明する。
 麻耶山で転落事故があり、県警ヘリ月山はそちらの対応に従事している。それが終わらないと、こちらには来ることができない。防災ヘリ最上は修理中でフライトできない。
 時刻が経過しても麻耶山の遭難者がヘリから確認できないため、作業が長引いている。このままではこちらの天候も不安になる。
 周辺県のヘリにも出動依頼を行うことにした。ところが、新潟県は1機がサミット対応のため出張中、もう1機も案件を抱えて出動中。福島県は空港が豪雨のためフライトできない。
 インターネットで気象庁の頁を開き確認する。小国を囲むように強い雨が降っている。福島空港付近は土砂降りである。
 地上隊の出動の検討に入ると、程なく「福島からヘリがフライトした」との情報が入る。無線でOTJに連絡をする。しかし連絡中に「雲を突破できず、ヘリは戻る」とのこと。麻耶山も依然として目途がたたない様子だ。さらに場合によっては悪天候のため山形空港の離着陸が困難になる可能性もある。
 地上隊出動の腹を括る。問題は出動のタイミングである。現段階で可能な限り早く出動すると、当然ながら夜間の作業になる。
 落石や雪渓の陥没が見えない中での登高と作業、当然ながら尾根と異なりリスクは高い。一方で天気予報は明朝から雨。
 再度OTJと連絡を取る。「自分の装備は何も持ってきていない。遭難者はツェルト・シェラフを持っているが、現在の場所では横になれないし眠ったら転落する可能性がある。ビバークするためには小屋からロープを持ってきてセルフビレイ(自己確保)を行う必要がある。」との回答であった。
 航空隊から「17:30に防災ヘリ最上の修理が終了する予定、その後であればフライト可能」と嬉しい知らせが入る。日没を確認すると、19:17である。何とか間に合うかもしれない。恐らく防災ヘリ関係者は必死になって修理作業を進めてくれているのだろう。ただただ頭が下がる思いである。
 救助隊飯豊班長に連絡し、「18:00に地上隊出動の最終判断を行う」と連絡を入れる。地上隊は2班編成とし、先発班は4名、02:30小国警察署発、03:30砂防ダムより歩き始め06:30現場に到着し、ただちに背負って下降、07:30に石転ビノ出合まで下る。後発隊は05:00警察署発、07:30石転ビノ出合で合流と計画した。
 17:20に「防災ヘリ最上フライトしました」との声が署内に響いた。「よし!頼むぞ!」思いは全員ひとつである。
 「遭難者吊り上げました!」歓声が上がった瞬間、OTJから連絡「妻とザックを置いて行った。妻も自力でこの雪渓は全く動けない。何とかしてくれ!」、ただちに航空隊と連絡を取ると、燃料を補給して再度現場に向かうとの事、これでもう大丈夫だ。
 飯豊班長とLFDに無事救助の連絡を入れ、帰宅した。翌朝、凄まじい稲光と雷鳴、そして屋根を叩く激しい雨音に目を覚ました。寝ぼけ半分で時計を見ると02:30頃、もしヘリによる救出が失敗に終わっていたら、遭難者の心理状態はどうなっていただろう、そうして我々救助隊もこの雨と落石の中、突入する・・・悪寒が背中を走った。
 【後日談】
 7月8日OTJから話を聞く機会を得た。以下はその内容である。
 本来のルートは黒滝から左岸沿いに若干登り、左斜上して中ノ島(草付キ)の登山道に上がる。しかし二人は黒滝通過直後に左(右岸側)の沢に入った。その沢は中ノ島(草付キ)から離れて梅花皮岳に直接突き上げている。上部に行くほど急になり、最後は登攀的な登りになる。途中で藪に逃げない限り、ピッケルなし6本爪アイゼンの二人では到底登りきれるコースではない。
 夫が滑落し、妻も後を追うように滑落したようであるが、雪渓の途中には既に穴が開いており、そこに落ちたら致命的な事故になったろう。