登山者情報1182号

【2008年08月10日/日暮沢小屋〜竜門小屋/井上邦彦調査】

 例によって二日酔い状態、寒いので暖かい素麺でお腹を満たす。ぐずぐずしている間に今日のメンバーが集まってきた。後片付けをハイジに頼み外に出る。
 車からネットを取り出し、各自でパッキングをしていただく。山中さんと柴田さんには何の気なく「はい、ネット1枚、15kgです」と預ける。
 今日のメンバーはひとりひとりが強力だ。05:18日暮沢小屋発、各自がマイペースで登り始める。柴田さんは背負子にネット+ザック、「俺のペースは遅いから先に行って」の言葉に疑いもせず登り始める。
 06:10-20ブナ林で休憩をとる。ここで柴田さんが、今日から狐穴小屋の管理人であり、あのザックの中は殆どが水物、つまり相当な荷重になっていると知らされる。今日も無風で蒸し暑い、水筒の水をむさぼるように飲む。
 06:50-07:05ゴロビツ清水で、沢に降りてみた。量は多くないが、苔に水筒の口を当て、両手の指で水路を作るとスムーズに満タンになった。
 それまでも何度かザックの頭が高いので枝に邪魔されていたが、気を抜いた所で完全にブロックされ、右手を着いてしまい、07:46-58そのまま木陰で休憩を取る。水でパンを流し込む。よく見ると右膝下からも出血が見られたので大きな傷バンを貼る。恐らく発汗による毛細血管の拡張で脳内の酸素が欠乏し、バランスを崩しやすくなっているのだろう。
 清太岩山直下の登山道上に大きなウサギの遺体が横たわっていた。首の所に大きな穴があり、そこから内臓を食べられた跡がある。昨日はなかったから、昨夜から今朝にかけて動物にやられたものであろう。
 08:15清太山々頂を通過し、08:45-09:12ユーフン峰山頂で休憩する。武田さんのザックには花束が付けられていた。今日は竜門小屋に荷物を置いた後、中岳で花を供え、大朝日岳経由で下山すると言う。
 問わず語りにお聞きした話から、恐らくは「1967年4月山形市立商業高等学校山岳部遭難事故」のことだろうと思った。だとすると41年前のことだ。遭難事故は関係者にとって何時までも消えることがないことを改めて痛感させられた。
 09:50竜門山分岐を通過し、10:00−11:21竜門小屋に到着した。休憩後、武田さんは中岳を目指して出発したが、柴田さんがなかなか到着しない。そのうちに遠藤さんが双眼鏡で竜門山最後の登りに差し掛かっている柴田さんを見つけ、山中さんがサポートに向かった。
 柴田さんが到着し、狐穴小屋からは小屋番を終えた安達さんが下山のため到着した。残ったメンバーで懇談。遠藤さんが話すには、ユーフン峰の途中に見える草原に朝と夕方、仔連れの熊が食事に来るとのこと。肩の筋肉が盛り上がり見るからに逞しいらしい。さらに水源地には大きな熊の足跡が沢山あるそうだ。梅花皮小屋といい、竜門小屋といい、小屋番をしていると熊の動きがよくわかるようである。
 さてゆっくりしすぎたようなので、konchangと二人で下山を開始する。11:58ユーフン峰を通過、12:47ゴロビツ清水を通過し、13:32日暮沢小屋に到着した。
 小屋には10分程前に到着したという大滝さんがいた。聞くとAXL(吉田岳)と同じ高校山岳部で、彼もガイドをやっているとのこと、再開を約して帰宅した。

【今回の参加者7人・成果5枚+1/2枚】
1+1/4=konchag・HZU
1枚=山中・柴田
1/2枚=大滝
1/4枚=武田・武田

本日のメンバーです
ゴロビツ清水
清太岩山直下にウサギの遺体
ユーフンにて大滝さん
感慨深げな武田さん
今日も水はふんだんに
大朝日岳と中岳
竜門山と竜門小屋
小屋手前のお花畑
竜門小屋に到着!
柴田さんも到着!
本当にお疲れ様でした
左から、konchang・安達さん・遠藤さん・山中さん・柴田さん
中岳・・・