登山者情報1,211号

【2008年12月13日/長松山/井上邦彦調査】

 13日(土)は昼から山契約、14日(日)は知人の告別式。そこで手頃な山として目をつけたのが今回の長松山(855m)である。しばらく前に列状間伐の現場を見学に、登山口近くまで行ったことがあるが、その先は出たとこ勝負である。
 当日なぜか早々に目覚めてしまったので、準備をして自宅を出発した。車を動かした途端に雨が降ってきた。沖庭橋手前で右折し、金目集落に入る。蕎麦の館直前で本道から外れて砂利道に入る。カーナビに出る川の形と地形図を合わせながら進む方向を決める。金目川を渡った所で車道が二つに分かれる。左は「私道」と表示があり、正面には車止めが置かれてあった。地形図に車道の記号はない。
 車を邪魔にならないように道脇に止める。雨は止んだが、カッパに長靴、ライトを頼りに、04:30正面の車道を歩き始める。04:46車道が途切れ「金目黒沢砂防ダム」が現れた。これでこの川がクロ沢であることが確認された。右岸からダムを巻いて、川に降りる。浅く平坦だが曲がりくねっている。何度も渡渉を繰り返して遡って行く。
 04:52左岸より小沢が入る。恐らくトメノ沢だろう。視界が狭いので沢の分岐を見落とさないように慎重に歩く。長靴でなければ歩けないコースだ。暗闇の中、何者かが動いた。真っ白な体に光る眼、ウサギが斜面を駆け上がって行った。
 05:11ようやく右岸に小沢を見つけた。これが目指すウゾウ平沢と見当をつけて小沢に入る。この先も変化に乏しい沢が延々と続く。05:54高度計450m、少し傾斜が出てきた。左の尾根が近く見える。沢が二つに分かれたので、右の沢に入る。
 06:05、高度計530m沢の水がなくなる。雪が出てくる。足元から雪が崩れ歩きにくい。ゴム手袋をつけているので四つん這いになって登る。06:12薄明るくなってきたのでライトを消す。06:20-31食事を取る。眼下は雲海である。食事を終える頃には随分と明るくなる。途中から右の尾根に移り、藪を歩く。
 06:47高度計760mで左から来る主尾根と合流する。主尾根には明らかな踏み跡があった。06:48境界見出標がブナの木につけられ、足元には石標があった。この見出標と石標は主尾根に細かく設けられていた。06:57-01雪が深くなってきたのでカンジキを履く。平坦な山稜にブナの林が続く。左側に峻嶮な荒沢山が姿を見せた。
 07:20-35長松山々頂は高木がなく眺望に優れていた。気分が向けば荒沢山方面に向かおうかとも考えていたが、無理をせずここから下ることとしてメールを送信した。荒沢山の右手には明沢の山々、後ろは百石山が見下ろせ、僅かだが飯豊連峰の下部が見えていた。
 下山は主尾根をまっすぐに下る。手入れはされていないが、正真正銘の山道である。07:54カンジキを脱ぐ。07:57尾根が広くなり道も分からなくなったので、コンパスで方向を定め下ると、石標が出てきて道跡が確認できた。08:09杉林となり、杉林の左縁を下る。
 08:23鞍部から右の沢へ下る。杉林の中の沢は、シダ植物で覆われていた。さしたる滝もなく、08:35荒沢本流に到着。すぐ下流に砂防ダムが聳えていた。そのまま左岸を進み、08:37車道にでた。対岸にも古い車道跡が見られた。
 08:41右岸に移り08:43左岸に移る。右岸には民有林の看板があり、左岸には国有林の借り上げ標柱があった。さらに下ると「まみの平栗園」があり、08:57車に到着した。
 なお、小国町は総面積の70%以上を国有林が占めている。その中でこの一帯は新発田市の豪農「市嶋家」が所有し、ケヤキの一大産地であったと聞いたことがある。そのため、個人の山林と国有林が交錯していることに留意する必要があるだろう。

今回歩いたコース
ウゾウ平沢上流部
ウゾウ平沢の源流
主尾根に出たら山道があった
ブナの樹木に付けられた「境界見出標」
これも境界を示す石標
荒沢山が見えた
山頂に向かう
長松山々頂にて
荒沢山の全容
反射板が見える
長松山と荒沢山は右手の尾根で繋がっている
明沢の山々
南に目を転ずると
薄っすらと飯豊連峰が浮かび
百石山と横川ダムが見えた
下山を開始する
オオバクロモジの芽
主尾根にはブナが連なっている
ユキツバキで山道が分からなくなる
杉林が出てきた
これは熊さんの糞かな
杉林の中の沢を下る
金目荒沢砂防ダムに出た
民有地の看板
まみの平栗園
車を置いた分岐
民有地であることに留意が必要