登山者情報1,645号

【2013年05月07-08日/丸森尾根遭難/井上邦彦調査】

 07日朝、PWDより電話があり「飯豊連峰で遭難事案発生が発生したので、出動準備のため自宅に向かう」とのこと。小国警察署に電話をして内容を確認する。携帯電話に救助隊飯豊班長からの着信履歴、電話を掛けると「蒜場山から登ってきた単独の登山者が丸森尾根上部で道を失いビバークしている。今朝4時に所属山岳会のメンバーが救助に向かった。残ったメンバーから救助要請があった。」とのことである。すぐに山道具を車に積んで小国警察署に向かった。
 LFD・WKBと共に大淵のゲートを開けて車を乗り入れると直ぐに雪崩で通れない。いったん戻って10:00徒歩で天狗平に向かう。途中で除雪車を追い越し、丸森尾根取付きで一息つけていると、小国警察署長以下3名が追いついてきた。11:00尾根に取付き登って行くと、夫婦清水の直ぐ上で今朝登った所属山岳会の方々が私達を待っていた。「ここから上は雪があり、風も強いので危険と判断して待っていた。彼に食料と燃料をを届けて欲しい。」と手渡された。「本人と連絡が取れたら110番に電話をして場所を測位してもらうよう伝えて欲しい」と依頼して私達は上に向かった。
 情報では「地神北峰から300m下った所に幕営している。食料・燃料共になくなっている」とのことである。丸森峰から上は冬の様相で視界が20-30m。飯豊班のNBW・GCSを加え、横に広がって大声や笛で合図を送りながら標高1,660mまで捜索したが見つからない。ここより上で幕営するのは難しいと考え、捜索しならが下ることにした。午後4時頃、警察署から「本人から110番通報あり、位置は○○」と連絡があった。場所が相当離れており、現場に向かうには時間がなさすぎることから明日に再捜索を行うこととして下山した。
 小国警察署で打合せをしている時、関係者から「本人はGPSを持っていない筈なのだが、最近購入したらしい。使い方が良くわからないらしいが、自分の位置を知人に連絡してきた。しかしこれはあてにならない。」と座標を教えられた。110番の座標とは500mほど離れている。尾根を挟んで反対方向である。110番座標は誤差50m、つまり携帯電話のGPSを作動させることはできずに、数カ所の基地局で受信した時刻の差を利用して測位したものなのだろう。この測位方法の場合、都市部では誤差50mであるが、基地局の少ない山中では相当に広がる。地形的にも幕営するの適当な場所ではない。しかし所属山岳会ではあてにならない座標だと断言している。ともあれ私達に2つの座標が与えられた。
 翌日は鉄砲検査のため飯豊班は欠席、替りに所属山岳会から3名が加わった。中央班はLFDに替わりGPNが参加した。快晴の中、標高を上げると、途中から風が強くなってきた。急斜面を登るとかがんでいても体力が消耗していくほどの強風である。感覚的には風速18mになっているだろうか。ここから上はさらに猛烈な風になる筈だ。GPNに頼んで警察官を安全な所まで下げてもらうことにした。携帯に「ヘリコプターは宇津峠(町境)を越えられず。1時間後に再確認」とメールが届いた。
 残ったのは私とWKB、途中から引き返すことを言い含めた所属山岳会2名の計4名である。2箇所を見ている余裕はない。本人が連絡をしてきたという座標に絞った。まともに尾根を登ったのでは強風に追い返される。地形図とにらめっこし、新雪の吹き溜まりを覚悟して尾根の北側を巻いてみることにした。すると、風がピタリと止んだ。新雪もさほどではない。あとは行ける所まで行くだけである。目的地の座標を入力したGPSを持ったWKBが先頭になり進む。視界は閉ざされているが、歩くには全く問題がない。ときおり若いWKBに速度を控えるように声を掛けながら標高を上げて行く。海老の尻尾がガリガリに凍り付いているハイマツと灌木のなか、10時、WKBから「発見」の声が届いた。
 テントの側に要救助者が座り込んでいた。発見場所と座標は寸分の狂いもない。所属山岳会の二人も追いついてきて、声を掛け食べ物を出した。雲の流れが早い、視界が徐々に開けてくる。テントを撤収し、要救助者にスワミベルトとロープをセットして下山を開始した。スワミベルトは通常のハーネスと異なり背後から確保できるので便利なのだ。
 要救助者と空身、猿回しで降り始めるが、少し進むと直ぐに座り込んでしまった。いま食べたからといって、これまでの空腹状態がすぐ改善するわけではない。休み休みゆっくりと下る。皆が引き返した場所が近くなると再び風が強くなった。航空隊から私の携帯電話に連絡が入る。この風では吊り上げはできない、何とか騙しながら標高を下げることにした。急斜面では足がもつれて苦しそうだが、ここは頑張ってもらうのが一番だ。上からロープを張り気味にし、滑ったら抱えるべく下で待ち構えながら難所を乗り切る。この状態で700m峰下の岩場を下ろすのは考えたくもない。隊員が全員揃った所で、ピックアップの場所と時刻を決める。
 夫婦清水の直ぐ上の小ピークは障害物がない。ここを整地しヘリを待つことにした。無風快晴と航空隊に伝える。GPNがヘリを誘導し、要救助者は空に上がっていった。我々も荷物をまとめて帰ろうとしたら、直ぐ下にいま通ったばかりの熊の足跡が続いていた。
 なお後日、要救助者に使用したGPSの種類を尋ねたところ、「GPSは持っていない。携帯電話も漏電状態でなんとか使用できた状態で、座標を測位したことは一度もない」とのことであった。だとすれば、彼を探し出すことができたあの座標は何だったのだろう。

GPSログ

つづく ➡