登山者情報210号

【樽口峠/1996年04月20日、井上邦彦調査】

時折小雨降る中、樽口集落の渡辺さんの案内で樽口の不動尊のお祭りに同行する機会を得た。集落から先はまだ除雪がなされていない。残雪を踏みしめる。狐の足跡が山から集落に一文字に伸びている。同行した松山さんが太郎狐と名づけた。僅かにヤナギが咲いている。ミズナラの樹を伐採し小さく割ってある、渡辺さんが薪にするため木出しをしているのだ。渡辺さんが杉の根元を覗き込む、兎の寝床だという。目の前を野兎が駆け出した。3月23日に樋倉の裏山で見かけた時と違って黒い斑模様となっている。羚羊の足跡を辿ると急な斜面で滑った跡がある。砂防ダムの水たまりから鴨が2羽飛び立った。山鳩の鳴き声が聞こえる。渡辺さんが鶯だと言う、まだ下手くそな泣き方だ。兎の足跡を小さくして縦に並ぶ前足を横に並べたものは栗鼠の足跡だ。猿の食跡は豪快ですぐそれと知れる。



白く覆われた急斜面に二つの滝が落ち込んでいた、上の滝が不動尊だと言う。一旦尾根を登って途中からトラバースを行うこととする。渡辺さんが枯れ枝を拾う。滝の裏側にある洞窟の中に入る。3穴に分かれ思ったよりも広い。ここで不動尊を祭り、もうもうと煙る焚き火の中で御神酒をいただく。若い渡辺さんは空になった酒瓶に滝の水を汲む。目の薬として集落のお婆さんに持って帰るのだと言う。


帰途は雪が腐り渡辺さんはカンジキを履くが、アルコールが心地良く身体に回った私は、そのままずぼすぼと下る。モノクロの世界にブナの赤みがさしてきている。芽が膨らみ始めたのだ。ホオノキの堅い殻が割れて真に瑞々しい芽の肌が露出し始めた。下りきると湿地にはザゼンソウが褐色の花包をもたげ、尾根の末端の崖地にカタクリの花を見た。フキノトウも顔を出した。遅れているとは言っても、やはり春が近づいている。

【黒沢峠〜子持峠/1996年04月21日、井上邦彦調査】
昨日は下山後に樽口でお酒をいただき過ぎて、帰宅するとそのまま眠ってしまった。窓を開けてみると屋根や車の上に新雪が積もっている。車で千頭まで行き、適当な尾根を登り始める。ミズナラの雑木林をしばらく行くと痩せ尾根になり藪となる。雪の残っている急な斜面をトラバース状に進む。私の行動に合わせて樹の上に積もった雪が所かまわず落ちてくる。やがてブナやオオヤマザクラが混じってくるが、全体に若い。主稜に出ると若干の風も出てくる。やがて素晴らしいブナの林になる。原生林とまでは行かないが、処々に巨木も点在している。ルートが分からなくなる。ブナに見とれ過ぎたようだ。沢を越えて主稜に戻る。やがて右手は杉の植林地となり、黒沢峠と記された看板を雪の中に見つける。ここからは歩道があるのだろうブナとスギの間に開かれたラインを辿る。山スキーに良いような広い尾根は細いミズナラ林となり、朝日幹線の鉄塔を過ぎると伐採地跡となる。ようやく天気も落ち着いてきた。滝の丸山が遠く聳えている。いかにも魅力的だ。次はあの山を歩いてみようと決め、ストーブでラーメンを煮て、下山する。しかし昨日も今日も花がない、マンサクが咲いていない、これは いったいどうしたことなのだろう。