登山者情報213号

【クサイグラ尾根〜梶川尾根/1996年05月11日〜12日、井上邦彦・吉田岳調査】
11日05:41大淵橋袂(この先交通止め)に車を止め傘を差して歩き出す。車道は天狗平まで除雪が終わっていたが、駐車場はまだ1mの雪の下、06:32〜07:00山荘のピロティで朝食を取る。温身平で合羽の上を脱ぐ。07:38砂防ダム通過、オオバキスミレの蕾を見つける。07:51雪橋を右岸に渡り、まえさか沢の雪渓を直上する。何度か周囲でブック雪崩が崩壊する、何時でも逃げることのようにと緊張する。09:07〜18ピーク直下のブナの根元で休憩、イワウチワが咲いていた。眼下の温身平はブナの新緑に彩られている。標高700m程度までブナの芽吹きが登ってきている。09:33ならのき峰1,088m到着、見上げるとかなり上まで痩せた尾根の藪漕ぎが続いている。天候が回復してきたのを幸いに、合羽の下も脱いで覚悟を決める。10:27〜42休憩、尾根上には踏み跡があり、熊狩りの跡がある。岩場にはクライミングロープが固定されていた、冬山の時に使ったものだろう。11:04ながい峰通過。11:20ようやく雪の上に出る、標高1,270mの地点である休憩して11:31発。


あとはひたすら広い尾根をキックステップで登る。新雪が積もっており、足首まで潜る。1,500mハイマツの藪になっている小ピークを過ぎると広い雪原となる。夏に来た時に草原になっていた所だろう。ここで30cmはあろうかという巨大な熊の足跡を見つける。指や掌の跡がはっきりしており私達の直前に通過したものに違いない、桧山沢の岩の陰に続いている。



このあたりからダケカンバの疎林となる。12:41〜45休憩13:27痩せた小ピークを通過1,805m。主稜線が見える、確かに雪庇のスケールは小さく感じられる。大日岳を背景とした山並みはまるで3月の山の色だ。疲れてきたので吉田君にトップを替わってもらう。


最後に1,880mの小ピークを乗り越えて13:56ようやく夏道との合流点に着く、勿論標識も何も雪に埋まっている、風が出てきた。濡れた軍手が凍みてくる、合羽を着て毛手袋にオーバー手袋を着ける。14:22発。雪面はクラストしており登山靴が滑る。強風のため身体が安定せず視界も殆どないため、私が先頭に立つ。14:20烏帽子岳14:57梅花皮岳通過、両所とも標識は露出している。新潟県側の夏道の跡はようやく分かるものの、雪に足を取られて歩きにくい。梅花皮小屋直前では猛烈な風のため身動きができなくなる。風の息を縫って15:14小屋に辿り着く。一階入口は雪に埋もれており開かない、アイゼンを外して二階の入口から中に入る。小屋の中には誰もおらず、結局二人だけの一夜となった。気温+2℃
12日07:32アイゼンを着けて梅花皮小屋を出発する、一階の扉が完全に閉まらないので中から棒で固定してきたので、次に使用される方は二階から入って欲しい。風は程々、視界無し、新雪。洗濯平への分岐の標識を過ぎると何処をどう登っているのか分からなくなる。ひたすらに直登することとした。アイゼンがないと行動は厳しいだろう。急登を終えても頂上に着かない、右手に寄りすぎると石転ビ沢に真っ逆様だ、気を張りつめて鳥居を探す。この先は自分達で開いた道だ、間違えようがない、ただ非常に歩きにくい。何しろ視界が殆どない、雪庇を歩くのは危険と判断し夏道を辿るが、それも何時しか見失ってしまう。アイゼンに雪が団子となって着き、ピッケルで叩いて落とすのが面倒だ。次第に不安になってきた頃、右手に岩を見つける。ギルダ原の岩だと直感し、トラバースを止めて稜線の夏道に戻る。砂礫地の登山道以外は全く道形が分からない。気象観測跡を過ぎ、真っ白な雪原を上り詰めると門内岳の祠を見つける。ここからかすかに右手にルートを取り雪庇沿いに僅かに下り09:03門内小屋を見つけた。一階入口は透き間が開いており雪が詰まっている。二階の窓から容易に潜り込む。二 階の床にはアイゼンの跡が無数にある、小屋にはいる前にアイゼンを脱ぐ、これは常識である。当初の計画では西俣尾根を下降する予定であったが、視界がないため梶川尾根を下山することに変更する。食事をとりアイゼンをザックに収納し09:35出発する。小屋から先は雪庇を辿ることとする。風が強い、僅かな灌木から離れすぎないように注意しながら進み、09:49胎内山の標識を確認。その後、風は止んだものの完全なホワイトアウトとなる。とにかく周囲に見えるものはパートナーの吉田君だけ。始めは微かな雪庇の末端を目安にしたが、それすらも消えてしまった。雪玉を作って投げ、雪面であることを確認しながら進むが、6mも投げるとそれすらも見えない。09:57扇ノ地紙の標識を確認する。ここからが正念場である。地図と磁石を出し、方角を決定し、磁石の指す方向に向かうこととする。それでも時々分からなくなるので途中から吉田君が先行し、そのトレースと磁石を照らし合わせてルートを作ることとした。ようやくケルンを確認し、右に下ると灌木の頭が出てくる。10:38梶川峰の標識を確認、ようやく視界も開けてきた。後は心配ないと思うと疲れが出てくる。そのまま吉田君のトレース を使わせていただく。10:51〜11:15食事をとる。膝下まで潜る重い雪に少々うんざりしてくる。吉田君は雪庇と藪の中でルート設定に苦慮している。「おいおい藪漕ぐ必要なんかないはずだよ」と声をかける。「夏道はどちらになっているのですか、雪庇の下になっているのでしょう」「そんなことはないよ、ここは全て尾根筋だよ」と答えて、「あっいけない、ここは丸森尾根じゃなかった」と気がついた。梶川尾根下の水場のダケカンバがなかったし、そもそも梶川尾根に雪庇なんかないし、もっと急斜面なのだ、私の頭の中で丸森尾根と混同していたのだ。見晴らしの良い所に出て見てみる、やはり右下には湯沢峰が見えている。「このまま下れば源泉に出ますよ、下りますか」と吉田君。地図を取りだ出し考え込む、現在の標高は1,330mだ、おおよそ300m以上も下ってしまったことになる、約1時間登り直すことになる、湯沢自体は快適に下ることができる。だがしかし、とっとばの沢の険しさは宮城の教員の遭難救助作業で味わっている。よもぎの沢では骨盤骨折の山菜取りを担いでいる。昨年6月始めの遺体収容作業の時に見た湯沢左岸の情景を必死に思い出す。11:36登り返すことに決定する。登り 返すことは精神的にも体力的にも苦痛だ、馬力のある吉田君に先行してもらうこととする。途中から左上を始め12:24に水場の上でコースに戻る。ここから再び私が先行することとする。梶川がよく見える、5人程度が梶川を登っている、間違えて入ってきたのかなと思いつつ、人のことは言えないなと苦笑する。梶川尾根は雪が多い、亀裂が何時もより大きい、今年も事故る人が出るかもしれない。12:48〜13:03滝見場の上で腹ごしらえ。ここから湯沢をグリセードで下る。雪崩の跡が生々しい。こんなのが当たったらいちころだねと話しながらも耳をそば立てる。もし雪崩の音がしたら一目に逃げる体制だ。とっとばの沢は荒々しく、とても近寄る気がしない。ブナの新緑は740mまで、やはり春なんだな。13:26源泉通過し、文覚沢と合流する。もしあのまま下っていたら、途中から藪漕ぎになり、さらに岩場をクライミングダウンすることになって、まだあの尾根の途中にいたかも知れない。飯豊山荘の階段で一人コーヒー?を飲んでいるハイカーがいた。そういうスタイルも悪くはない。13:48天狗橋で、清水をたらふくのみ、靴下を絞る。橋の下にはオオバクロモジが若葉を立てて黄色の鈴のような花を咲 かせていた、14:20発。15:14大淵橋。