登山者情報345号

【1998年06月01日/石転ビ沢遭難/井上邦彦調査】

石転ビ沢で事故発生の報を聞き、小国警察署に出向く。事務室のアマチュア無線から聞きなれたGZKの声がしている。
事故者は新潟の方で、今朝天狗平から単独で入山、9:40頃に中ノ島上方20m付近から滑落、たまたま通りかかった栃木県の単独の方が無線機で救助を求めたところ、梶川で今夜のお客様のために山菜を採っていた横山隆蔵(民宿:奥川入)さんの無線機に入り、横山さんの指示でGZKを呼び出したとのことである。
現在は中ノ島に上がっている、負傷個所は足首でぶらぶらしており骨折の可能性が高い、意識ははっきりしており他には特に具合の悪いところはないとのことである。
この程度の負傷ならレスキューハーネスが使えそうだ。署長と協議して、県警ヘリにて隊員4名を梅花皮小屋に上げ、小屋まで担ぎ上げてヘリで収容する方針を決めた。
GPNとPWDが駆けつけてきた。収容方法と装備を確認し職場に戻る。とりあえず処理すべき仕事を片づけ、自転車で自宅に行き、緊急出動ボックス2箱を車に着け、小国署で打ち合わせる。
スポーツ公園駐車場で山装備に着替える。高山さん・GPN・PWDと合流、頂いたおにぎりを頬張りながら最終打ち合わせを行う。スポーツ公園から見る飯豊山は、素晴らしい青空に聳えている。心配は木立を揺さぶっている風である。ヘリに負傷者を搭乗させるには、着陸の困難な梅花皮小屋よりも石転ビノ出合が優れている。第一陣としてHZUとGPNが現場に直行し、応急処置を行い、PWDと高山さんが第二陣として4名で下降する手筈を整えた。
やがて山形県警へり「月山」が陸上競技場に着陸、GPNと共に乗り込む。GPNは慣れた手つきでヘッドホンを着けマイクをセットする。私も渡されたヘッドホンとシートベルトを装着。「今日は風が強いので掴まっていてください」パイロットの声がする。目の前のナビゲーションが現在位置と進行方向を指している。窓は半分開いているが、不思議なほど風はない。富山県警の無線が聞こえている。石転ビ沢に入り、梶川尾根の登山道が明瞭である。五郎清水には雪が見当たらない、とはいえ足元は地面に繋がっていないのだ、しがみついている右手に力が入る、時折すーと機体が落ち込む。中ノ島下部に光るものが見える、おそらく事故者であろう。小屋の東に着陸しようとするがうまく行かない。「機体が持ち上げられる、西側の裸地は傾斜がありますか?」パイロットの質問にGPNがテキパキと答えている。洗濯平から北股岳を一周し、再度東側のポイントに挑むが、登山者が邪魔になって近づけない、「よし登山者が向こうに行った」、一瞬のタイミングを狙いポイントに。助手席のパイロットがドアを開いて体を乗り出し、機体の下を覗き込む。私達はヘッドホンとシートベルトを外し、ザックとピッ ケルを抱える。ドアを開いていただき、転がり出ると、後も見ずに雪渓を下降する。
身体が傾斜にフィットしていない。充分にブレーキを掛けながらグリセードで下降する。中ノ島下部は水場分岐まで露出しており、横山さんが付き添っていた。ちょうど水場で中ノ島に上がり、靴と靴下を脱がせ負傷個所を確認。持参した湿布を張り包帯で固定。さらに副木を足の形状に合わせて曲げ、包帯で固定、最後は横山さんの鉈で包帯をって結ぶ。グリセードをしているうちに身体が慣れてきたようだ、下部の雪渓を見下ろすと傾斜感はない。体重57Kgと聞き、症状を確認し、確保なしの下降を決める。GPNにレスキュウハーネスの装着を頼み、昨夏に正木さんから頂いたワンタッチ式のアイゼンを履く。
荷物を頼み、負傷者を担いで一人で下山を開始する。まっすぐ下降すると足がつりそうなので横向きに下る。左を上にすると負傷者の足が雪渓に当たりそうなので、左足を谷足としてどんどん下る。月山が石転ビノ出合付近で着陸地点を調査している。北股沢出合からしばらく下ったところでGPNが追いついてきたので搬送を交替してもらう。横山さんもザックをふたつ担いで降りてきた。ホン石転ビ沢出合手前で月山が上方で合図を送ってくる、よく聞き取れないがどうやらここで吊り上げ作業を行うつもりらしい。ピッケルで腰を下ろす場所を掘り、事故者を座らせる。月山が近づいてきた、慌てて右岸方向へ走って逃げる、途中カメラを雪まみれにしてしまう。アイゼンが外れたが、それどころではない。見る間に月山はGPNの頭上にホバーリング、ドアが開いて吊り上げ用の輪が降りてきた。月山のプロペラは今にも雪面に触れそうだ。GPNはテキパキと輪を遭難者につける。副パイロットはハーネスのカナビラを機体のフックに掛けると、大きく身を乗り出して遭難者を機中に引き上げた。開いたドアから副パイロットと遭難者がこちらに合図を送った、と思うとたちまち高度を上げパイロットも片手を あげて挨拶、月山は反転し温身平方向に飛び去った。
石転ビノ出合まで下り大岩の上で、PWDと高山さんが運んできたおにぎりを食べる。帰途は月山が迎えに来てくれた。今度は安心して搭乗できる。「搬送が早かったので、これなら燃料が持つと思い偵察したところ、気流が安定していたので、吊り上げにしました」ヘッドホンからパイロットの声が聞こえた。自宅で着替え出勤。遭難者は剥離骨折+靭帯損傷であった。

北股沢出合下にて
レスキュウハーネスで担ぐ
吊上げ作業 1
吊上げ作業 2
吊上げ作業 3
吊上げ作業 4
吊上げ作業 5
吊上げ作業 6
吊上げ作業 7
月山に乗り込む筆者(ザックを背負っている:撮影PWD)
静けさが戻った石転ビ沢

関連:小国警察署第14号