登山者情報441号

【2000年02月19〜20日/百石山かんじき登山/齋藤弥輔調査】

今日、百石山登山に来る小国大好き人間の4名の人達が列車で来る事になっていた。しかし、昨夜までの吹雪きで米坂線が朝から不通になっていた。4名の人達に連絡を入れるがつながらない。もう出発した後だと家族の人は言う。羽前沼沢駅着11:20の列車は大丈夫なのか、それまでに開通するにか?仙台市から来る安食さんから電話がきた「仙山線の中で車掌さんが小国に行くには赤湯駅で乗り換えて行きなさいと教えてくれたのでフラワー長井線に乗り換えていきます」と言う内容であった。私は福島の正木さんの携帯に連絡し合流してもらい、今泉駅まで迎えに行き、そこからは私の車での移動となった。沼沢のドライブインでラーメンを食べて腹ごしらえをして伊佐領に向かった。
着替えを伊佐領駅(ログハウスの無人駅)で行い、車を登山口まで移動し、かんじきを履き12:50出発する。杉林をぬけ、新雪を踏みしめながら1歩1歩登るが汗が吹き出てくる。狸の足跡やウサギの足跡が点々とついている。朝までの雪降りが嘘のように晴れ渡り青空が広がっている最高の天気である。5人でワイワイとにぎやかに先頭のラッセルを交代しながら13:50ようやく稜線までたどりついた。
ここからピークまではもう少しであるが写真を撮ったり、ビデオ写したり楽しみながら進む。途中,山梨の木がありそこには熊が昇った爪のあとがあり説明をしていたら上部に山梨の実がわずかながら残って着いている、食べられる事と子どもの頃春の片雪の上に落ちていて拾って食べた思い出を教えたら食べてみたいと言われたが採れそうも無いのであきらめていただいた。
ピーク手前の急騰をラッセルし、14:20百石山(596.8m)に到着する。晴天の中飯豊連峰が一望に眺められ最高の気分である。安食さんが持ってきてくれたビールでさっそく乾杯をして喉を潤す。ODDとBVLに無線がつながる。うらやましそうな声であった。写真を撮ったり、山頂からの色々な山々を散策。
15:24下山を始めるが、登って来たところを下るのではつまらないと、早坂(地域名)の方角に下山を開始するが、ピーク直下は急な所で雪が転げていくと面白い現象が起きてくる。それは転げていく雪が幅30cm直径1m位にまで大きくなっては砕け、バームクーヘンの様で幾つも出来ては崩れ見ているとおもしろい5人が、童心に帰りはしゃぎ声をあげながら下る。二次林のブナ林を通り、15:55車が止めてある登山口に到着する。
私の家に立ち寄り、汗を小国開発センターの温泉で流し、ODDの店にちょっと寄り、今日の宿泊地である民宿ふもとまでいく。熊汁から馬刺し、山菜、岩魚にきのこに食べきれないご馳走とお酒にと、旨くて素晴らしいご馳走がでて話も弾み、民宿の主ばかりでなく、マタギの重美さんや隆一さんも呼び盛り上がり、23:00過ぎまで宴会は通いた。5人が頭を並べながら寝た。           
2月20日
朝早く正木さんがごそごそと起き出して何やら落し物をしたらしい。携帯電話と大切な手帳の入っているバックが無くなっている。どこで落としたのかと車の中をみるが見つからない、電話で伊佐領駅の掃除のおばさんに聞いてもらい、おばさんが駅に行って見てみつけてくれたという電話をもらい一安心、朝食を食べ、3m近い雪の壁の所のおかみと写真を写し、民宿をあとにする。途中,私の家に寄ったら玄関の上に1m位のセッピが飛び出ていたのでちょっと除雪をさせてもらった。
その後伊佐領駅の掃除のおばさんに廻り落し物を受取り、箱の口の井上藤次さんに廻りアケビのつる細工の作品を見て、数点買い求め特注品をお願いして、羽前沼沢駅に向かい、途中で写真撮りく列車の時間まで10数分間、今後の山行きの話をした。ホームに列車がすべり込み4人の友と別れた。