登山者情報481号

【2000年07月25日/梶川尾根遭難救助/井上邦彦調査】

15:40高橋健二副隊長から電話「現在飯豊山荘にいる。梶川尾根で遭難発生」、警察署に向かう。状況は以下のとおりである。
昨日天狗岳と天狗ノ庭の間で遭難事故を起こしたパーティの残りのメンバー5人は梅花皮小屋から梶川尾根を経由して飯豊山荘に向かい下山を開始した。
3人と2人に分かれて下山していると、T氏が五郎清水でもう少し休んで行くと言った。T氏はそれまで元気が良かったので特に心配もせず、いざと言う時は携帯電話で連絡を取り合うつもりで、2人づつになって下って行った。滝見場に着き、日陰を求めて若干下った所で休んでいた。しかし幾ら待ってもT氏は来ないし、携帯電話は圏外で全く使用できなかった。
11:00頃になり、心配になりリーダーのY氏が様子を見に登り始めてすぐ、滝見場で下山してくる長野から来た笹井氏と会った。笹井氏によると「五郎清水で1人倒れていた。手足が痙攣し、意識障害があった」とのことである。
Y氏は五郎清水まで登り、休んでいるT氏を見つけて合流した。症状はかなり回復していた。昨日の経験から、救助要請をしてもガスに包まれるとヘリコプターが使えないと考え、2人でゆっくりと下山し、さらに登ってきたサブリーダーのS氏も合流し3人で下った。
一方、滝見場の下に残った二人は、救助要請を行うべく飯豊山荘を目指した。たまたま飯豊山荘に居合わせた高橋健二(小国山岳会長・山岳救助隊副隊長)は、笹井氏から「五郎清水に倒れている人がおり、手足が痙攣し、意識障害があること」を聞き、さらに疲れきって朦朧とした状態で救助要請を求めてきたK氏と会い、小国警察署と井上に電話で連絡を行った。
副隊長が受けた救助要請は「T氏が、滝見場にいるから救助してくれと言っている」とのことであったが、状況から見て、遭難者が滝見場まで下っているという保証はどこにもない。
「午前中が大変に蒸し暑かったこと、意識障害と痙攣があること」を考慮すると、単なる日射病ではなく熱射病あるいは熱性痙攣の可能性も否定できない。万一、熱射病あるいは熱性痙攣の場合、早期に適切な処置を取らないと生命に関わる可能性がある。従って一刻も早い救助が必要であり、速さを全てに優先させる必要があると判断した(注:高齢者の場合は、そもそもからだの水分が少なく、かつ渇きを自覚しにくい傾向がある。また年齢に関わりなく、梅雨明け直後においては、身体が暑さに慣れておらず、脱水症状になりやすい。さらに、普段において冷房の中で生活をしている場合は、その傾向が顕著になる)。
警察署長の同意を得て、高橋副隊長に構わないから、無線・懐中電灯・カッパを持って(なければ山荘から借りて)そのまま梶川尾根を登り、遭難者と合流するよう指示をした。飯豊班長の藤田氏は不在で連絡がつかない、民宿奥川入に電話をして、向片貝で草刈りをしている横山隆蔵(CGS)を直ちに呼び戻し、そのまま梶川尾根を登るように指示をした。一方、防災ヘリコプター「もがみ」を要請してもらうこととし、五郎清水から滝見場周辺および登山道を捜索してもらうこととした。
最悪の場合は五郎清水から背負い搬送になる。5〜10名が必要であろう。とりあえず5名は欲しい。警察から数名出して貰うとして、すぐに勤務を放り投げて駆けつけてくれそうなメンバーとして、ODDとQVHを指名し、連絡していただく手筈を整え、警察署のレスキューハーネスを抱え、職場に断りを入れて自宅に直行し、適当に山道具や衣類を車に放り込んで、天狗平に向かった。
副隊長からの無線は取れていないが、GZKが無線の支援態勢に入ってくれたようだ。天狗平でGZKやCGSと交信しながら着替えをして、夜間活動のための装備を担いで梶川尾根に取り付いた。程なくヘリコプターの爆音が聞こえてきた。盛んに私の頭上を飛びまわり、スピーカーから「木のない所に出てください」と叫んでいる。なかなか探せないでいるようだ。その頃には、湯沢峰から下った松尾根で、既に副隊長が3名と合流していたが、松の木が邪魔をしてヘリコプターと連絡を取れずにいた。
ようやく追いついたCGSが、無線で「もがみ」と交信し、遭難者のいる場所を連絡し、吊り上げ作業がなされた。
CGSとGZKの間は無線が通じないとのことなので、私がGZKに収容作業終了の連絡中継を行い、そのまま登って4人と合流した。大休憩の後でゆっくり下山を開始すると、途中でPWDや小国警察署員が出迎えてくれた。