登山者情報537号

【2001年06月03日/胎内〜大樽山〜鉾立峰〜足ノ松尾根/吉田 明弘(豊栄山岳会)調査】

コースタイム
3:52胎内ヒュッテ前発−6:28大樽山着6:58発−10:40アゴク峰着11:05発−12:20鉾立峰着13:00発−13:30大石山通過−15:00姫子の峰着15:05発−15:33足の松尾根取付通過−(自転車)−15:45胎内ヒュッテ着

飯豊連峰は主稜線から枝分かれする多くの長い尾根が、この山塊を奥深くしている。連峰北部の鉾立峰より西に向かう尾根は、荒川流域と胎内川流域の分水嶺を成し、大きく曲がりながら越後平野に達している。一昨年秋、この尾根上の大樽山に非公式ながら登山道が出来たという情報を聞き、早速登って見た。それ以来、一度大樽山より鉾立峰まで歩いてみたいと思うようになった。そして、天候が安定して昼の時間が長い、梅雨入り前の時期に決行しようと計画を練った。
前日の6/2午後、登山口の奥胎内に入り、下山時に利用するために自転車を足の松尾根取付きにセットした。長い山歩きの後の林道歩きはつらい、自転車で林道を走って下ればその分気が楽だ。その晩は胎内ヒュッテ前に車をとめてその中で寝た。6/3空が明るくなり始めたとき歩き出した。車止めのゲートを越えてすぐ左のぶな林の中に踏み跡が伸びている。正規の登山道ではないので目印は何も無い。ブナ林の中はまだ薄暗く、ヘッドライトを点灯した。30分ほどでライトは消した。それにしても、すばらしいぶな林だ。ぶなの木は雪の重みの影響で根元がやや曲がっている。その姿がまるでポーズを取っているように見える。滑りやすい急登を登ると展望が開ける920mピークに出る。飯豊連峰の稜線が見える。一旦下って登り返すと大樽山だ。大樽山は台形のピークだが、手前の部分は右側を巻くように道がつけられている。そして、山頂手前で尾根に出るが、その部分は左側に雪堤ができており、私はそこを歩いて山頂に出た。山頂は三角点の周囲だけ刈り払われているが、東側に雪原があり、そこで休憩して朝食を食べた。
ここから先は薮である。長袖のシャツを着て、軍手をはめ、小枝から目を守るためにサングラスをかけた。しかし、いざ歩き始めるとしっかりした踏み跡が伸びていた。だが、最低鞍部を過ぎて大樽山より40分くらいのところでその踏み跡も消えた。そこから先はまったくの薮である。斜めに延びた潅木をかき分けながら進んでいく。進行速度は極端に落ちた。所々に残雪があるが歩く助けになるほどはない。それでも、地形図に池のある所の手前から尾根が痩せ始めるところまでは残雪を利用できた。しかし、尾根が痩せ始めると前より増して薮の密度が濃くなった。藪は低木主体だが、斜めに生えているため上り下りのところでは私の背丈以上の高さになる。その上、枝が複雑に伸びており、かき分けるのが大変だ。そして、尾根が痩せているため、中央突破しか方法はない。いくつかのピークを越した。ピークの上だけは薮の高さが低く周囲の展望が開けた。アゴク峰は広い雪田になっていた。目指す鉾立峰は目前だ。天気が良く遠くの山々も見渡せた。雪を溶かして水を作った。鉾立峰が近づくと、常に薮の高さが低くなり、展望を見ながらの歩きとなった。やがて踏み跡が現れた。鉾立峰手前の岩場は左側から取付いた。手がかりが多く、難なく通過した。そして、やっとの思いで鉾立峰の山頂に立った。
そこには大展望が待っていた。飯豊の主稜線の山々はもとより、朝日、蔵王、吾妻の東北の山々。守門、粟、越後三山などの越後の山々。そして、かなたに南会津の山々までが見ることが出来た。さらには日本海。くるしい藪こぎの後の最高のご褒美だ。風が強いため岩陰に入って一人乾杯し、食事を摂った。下山は大石山経由で足の松尾根を下った。大石山手前にはハクサンイチゲの大群落があった。そのほかに、ミヤマキンバイやシラネアオイなどの花が風に揺れていた。足の松尾根は早足で下り、最後の林道は自転車で一気に駆け抜けた。飯豊は奥の深い山だと認識した山行となった。

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