登山者情報588号

【2001年9月22〜24日/大日杉〜飯豊本山〜西大日岳/米澤豊】

概要
(1)紅葉はまだであった。稜線で草紅葉程度。マツムシソウがわずかに残っている。
(2)水場は長之助清水、目洗い清水、本山の水場、御西の水場ともに大丈夫、切合は三国方面と御坪方面の分岐を御坪側に数十m行ったところにホースから水が出ている。
(3)3連休で利用者は、本山と切合小屋はちょうど一杯くらい、御西は余裕だったようである。
(4)冷え込んで、水たまりは凍り、霜柱が立った。小屋のアンテナにはエビのしっぽがついたそうだ。
記録
 9月21日(金)勤務先を17:20に退出、東北道久喜ICに18時に入った。本降りの雨だったが関東を抜けると雨が上がり、今度は気温が低下した。福島飯坂ICを21時に出て、板谷峠を越えるときには、路上の電光掲示板は10℃を表示していた。この日は玉庭に近い道の駅に22時に着いて、車中で寝た。
 9/22明け方には毛布2枚では寒く、5時過ぎには目が覚めた。薄曇りである。5時半出発で、大日杉には6時半に到着、駐車スペースは広いがすでに15台ほどが駐車、大日杉小屋の管理人氏も駐車の指示や登山者の質問などに対応している。陽が差してきた。
 食事、着替え、準備を終えて7:30出発、鎖場迄のザンゲ坂は急だが、全体に飯豊の他の登路よりは緩く、登りやすい。8:23には長之助清水着、登山道から左にトラロープづたいにすぐ水場になっていて、十分な量が出ていた。滝切合では晴れて本山もよく見えるようになった。地蔵岳からは猪苗代湖もよく見える。自宅に電話してみたら通じた(au)。地蔵岳から目洗い清水までは樹林帯のアップダウン。目洗い清水は登山道の左下にちょろちょろと流れているのが見える。御沢分かれは左に進み、樹林帯を登ってしばらくで沢を渡る。日帰りで朝4時に大日杉を出た人が本山から下山してきて、切合小屋の水は小屋の手前ではずされていると教えてくれた。まもなく、七森からの合流直前の登山道脇にそのはずされているホースを発見、水を補充。切合小屋に13:24着、まだ3パーティー程度しかおらず、管理人もいなくてガランとしている。(このあと、14時を過ぎてから続々到着し、小屋はちょうど一杯になったそうだ)小休止の後、本山小屋目指して出発、15:40本山の肩に到着、水場は下り1分、登り2〜3分と言うところか。よく水が出ている。
 本山小屋は2000円、管理人二瓶さんが場所を割り振ってくれる。最終的には40人近く入っただろうか。本山までいくと、ハイマツに氷が着いていて、冷え込みが厳しかったことを物語っていた。17時近くに小屋に戻ったので、食事は迷惑にならぬよう、外の石囲いで景色を眺めながらとった。風は弱いが冷え込んできて、大げさではあったがダウンを着てちょうど良い。梅酒(疲れた体に酸味と甘味がよく利き、度数も焼酎に近いから少量でよいので山にはお勧め)を飲みながら17:40に御西の右に沈む夕日を見た。ここではauの携帯はアンテナは立つものの通じなかった。下界の夜景も星空(月齢が若く、月光がじゃまをしないので天の川もよく見えた)も美しい夜であった。
大日杉7:30→8:23長之助清水8:39→御田8:45→9:42滝切合9:50→10:14地蔵岳10:38→11:22目洗い清水11:33→12:10御坪12:25→御沢分かれ12:30→水場13:00→13:24切合小屋13:38→14:10草履塚14:18→14:30姥権現14:43→御秘所14:47→15:43一ノ王子15:54→16:00本山小屋
 9/23下界は低い雲が覆っていたが、快晴で5:25に日の出を迎えた。サブザックで6:00本山小屋出発、巨大な霜柱と水たまりの氷に冷え込みを再認識しながら7:15御西小屋を通過、大日岳には8:30に到着。途中、御西小屋泊の方々数人がすれ違っただけで、頂上にも単独行氏が1人いただけであった。一息したところで、牛首山側からオレンジのランニングにサブザック、運動靴姿の人がグングンと上がってきた。こんな健脚コースをこの軽装でこの時間に来られるのはウワサに聞くエアリアマップ飯豊山の著者井上さんかもしれない、と思い「井上さんですか」と声をかけたら「そうです」との答え。快晴の飯豊最高峰で著者の方と出会えるとは何という幸運、「西大日岳まで行って来ます」とおっしゃるので後をついていった。出だしは肩まで届くハイマツの海だが、踏み跡にはなっている。その後は草がかぶり気味の踏み跡を20分ほどで三角点のある西大日岳に着いた。牛首山などを横から見ることができて、大日岳とはちょっと違う景色である。井上さんはアマ無線であちこちと連絡を取っておられたが、私は試しに携帯をかけてみたら自宅につながった。もう一件と話をしようとしたら、もうつながらない。アマ無線とは違って電波状態は安定しないようだ。その後井上さんから遭難救助やシーズン外の状況、エアリアマップの調査に使う書き込みが一杯なされた地図を見せていただくなど、貴重なお話を次々伺うことができて時間があっという間に経過した。この登山者情報にはよく救助の記事が出てくるが、深夜に救助に向かったり、少人数で救助していることが不思議だったが、お話を伺うと、出動前に状況把握を十分行って必要最小限の人員を派遣するようにして、@本職があるそれぞれの救助隊員の職場に迷惑をかけないようにする、A遭難者が支払う隊員の日当など経済的負担を軽くする、ことを考えてのことという。救助が早く済めば隊員の方は通常通り出勤するという。この方と山岳会の方々あっての飯豊の安全があることを実感した。一緒に西大日岳まで来たもう一人の単独行氏は北アルプスでの遭難経験がおありとのことで、数百万の費用がかかり、保険に入っていて助かったものの、そのときの経費、特に救助隊員の日当は井上さん達の救助日当の数倍で、井上さんにそんなに安くてよくやって下さる……と驚いていた。くれぐれも安易な登山で救助を要請するようなはめにはならないようにしたいものだと思う。あっという間に1時間近くがたち、大日岳に戻り、井上さんはもときたオンベ松尾根へと下って行かれた。このコースを日帰りしてしまう方だからこそ、救助もするし地図の調査も常にされているのであると思った。救助時に二次災害など無いことを祈りたい。
 大日岳から御西へは往きとは違って登山者の列が続いていた。多くは切合小屋からサブザックできている方々である。文平の池ではほとりに降りて水面に映る大日岳を眺めたり思いのほか時間がかかった。御西は水場まで下って水を補給、良い水が一杯出ていた。
 本山小屋に14:20に戻り、荷物を整理して切合小屋へと下った。終日の快晴で、本当にすばらしい1日であった。切合小屋は宿泊者が前日よりやや多いとのことで、ちょうど一杯になった。トイレが2つ閉鎖してあり、1つしか使えないのは大変である。
本山小屋6:00→本山6:15→御西小屋7:15→8:30大日岳8:55→9:15西大日岳10:10→10:35大日岳10:50→12:15御西12:55→本山14:05→14:20本山小屋14:40→16:30切合小屋
 前夜と違って寒くはなかった。連休3日目も快晴で6:00出発。御田の近くで寛永通宝を見つけた。宗教登山の歴史を感じる。下りも丸森などのような急降下ではないので楽である。11:09大日杉について無事に山行を終えた。
 11:40に車を出し、往路とは変えて玉庭から121号で喜多方に出てラーメンを食べ、会津若松インターに入ろうとしたら連休のUターンラッシュが始まっている気配。それならばとそのまま国道121号で会津田島から今市に抜けてやろうとひた走り、交通情報で東北道が数カ所で渋滞しているのを聞きながら、快調に走って21時には上尾に帰宅した。大日杉から320km、食事休憩入浴を除くと正味8時間である。往路が東北道経由で350km、正味5時間だから渋滞に捕まることを考えると国道でも悪くないか……
切合小屋6:00→7:26目洗い清水7:37→8:30地蔵岳9:00→9:20滝切合9:26→御田10:10→10:15長之助清水10:30→11:09大日杉