会員の山行 033号

【2004年03月19日/栗子山/吉田岳調査】

 恥ずかしながらこの栗子山の山の位置を勘違いしていた事に気付いたのは、この山行の後米沢市内から山を確認した時だった。市内の東に連なる奥羽山脈の南端、三角に尖った真っ白くて格好の良い山。これは実は隣の名も無き1202m峰で、栗子山はその北側ののっぺらぼうの山だった。私はそのかっこいい山の山頂から是非滑り降りてみたいと思い続けていた訳で、しかも真っ白に見えた山頂は、霧氷に包まれた潅木が密生していた。しかしながらこの山は、見晴らしが良く、下の林道歩きもそう苦にはならず、山スキーやクロカンを使って手軽に楽しめる山であった。ただし傾斜とルート選びには注意が必要。
 早朝家を出た時にはまだ雪が降っていた。米沢市内を抜け、米沢スキー場の手前を左の道へ曲がって採石場プラントに入り込み、林道の手前に車を止める。関係者の方に一応声をかけてから準備を始めた。ちなみにこの林道はもちろん除雪されないが、夏も平日の日中しか使わせてもらえないようである。8時50分山スキーにて出発。林道はショートカットして杉林の中を進む。連日の高温、特に2日前には気温が20℃まで上がり、その時溶けた雪が再凍結して固い雪のバーンを作っている。しかし昨日降った新雪が表面を被っているため、シールがなんとか効いてくれた。9時30分、視界が開けてきた所(740m)で小休止。栗子山らしき山の麓(1100m近く)まで見えるが、その上は雲の中。その見える範囲の様子と地図とをにらめっこしてルートを考える。思ったより林が混み、上のほうにも潅木が広がっているようだ。しかしいくつかのコルがあり、そこの条件が良ければそれをルートとして使えそうだ。しばらくは林道を進んで900m辺りから栗子沢を渡り、その先のコルを狙ってみることにする。
 驚いたことに、林道終点には何とも歴史を感じさせるトンネルがあった。はっきりと確認していないが、ここは昔の街道のようだ。明治初期に栗子トンネルが作られた事によって始めて米沢と福島の往来が可能になり、それは今の栗子トンネルが作られた昭和中頃まで使われた事は聞いている。それがこの道だとは知らなかった。驚きである。栗子川には橋が架かっていた。その先にも水平に作業道のような道が続いていたが、そちらへは行かずにコルに向けて登っていく。10時20分、コルの取りつきで小休止。
 コルの雪面は安定しており、雪崩れる感じはない。スキーをザックに刺してかんじきに履き替え、コルを登り詰めることにする。雪面はアイスバーン化しており、かんじきは必要無い感じだった。傾斜がきつく、息が荒れる。しかしキックステップをきちんとすればピッケル・アイゼンは要らない程度であり、帰りのスキーも何とかなりそうな感じである。南の方に1202m峰が雲の切れ間から顔を出した。1150m位でコルは終わり後は霧氷を被った潅木帯になった。風が強くなってきたこともあり、ここにスキーとザックを置き、空身で山頂を往復することにする。
 稜線は一段と風が強く、ガスも濃くなってきた。騙しピークを一つ越えて、11時25分にだだっ広いピークの一番高そうな所に立つ。雲の切れ間に回りを見晴らしてみるがここが山頂のようだ。ただし晴れていればかなり見晴らしは良さそうである。寒いためそそくさと下山を始めた。
 スキーデポ地に戻り、スキー滑降開始。アイスバーンを慎重に滑る。下がるにつれ少しずつ滑り易くなってきて、楽しむ余裕も出てきた。何とかコルを滑破。後は林道、そしてショートカットしてスギ林でのスキーを楽しむ。13時、採石場の車の所に到着した。 

栗子山が見えてきた 歴史を感じさせる栗子隧道
中央のコルを登り詰めることにする コルの取り付き
コルの様子 1202m峰が見えてきた
ここが栗子山山頂 山頂付近
水窪ダムの方向 米沢市方向
稜線直下 下りのコース