登山者情報790号

【2004年03月03-05日/山形県冬山遭難救助訓練/井上邦彦調査】

毎年行われている山形県警察本部と山形県山岳遭難対策協議会主催の「山形県冬山遭難救助訓練」が蔵王連峰坊平で行われた。講師は、井上邦彦・菅野享一・仁科友夫・高貝喜久雄・吉田岳、いずれも小国山岳会々員である。受講者は警察官や地区遭対など総勢44名である。訓練現場には去る1月12日から行方不明になっている方がいる。捜索をかねた実践訓練を計画した。
開会式を終えると、すぐ4班に分かれ、装備品の使用法やロープ操作法を確認した。今回の訓練で使用する最低限のロープ操作を繰り返し練習、さすがにほとんどの方は慣れたものだが、中には戸惑っている初参加者もいた。
昼食後、さっそく外に出て、ワカンを履き雑木林を歩いて、坊平でもっとも急な青い鳥ゲレンデに向かう。まずは立ち木を利用した支点の取り方や、制動方法、堅く凍り付いた急斜面で、キックステップ、滑落停止を繰り返す。雪面にスノーバーを打ち込み、グリップビレイ、スタンディングアクスビレイ、腰確保などを体験する。
宿舎に戻り、疲れを癒すまもなく講義に移る。菅野講師から地図と磁石の使い方を徹底して習得する。続いて高貝講師から「レスキュー・デス」の講義があった。ある意味ではこれまでタブー視されてきた課題に正面から取り組んだ講義であった。思えば筆者(井上)が遭難救助を始めた頃の山岳救助隊は「死体運搬人」そのものであった。その中で筆者は、生存を前提にして、生命を確保することは勿論、搬送後の回復を考慮した救助システムを創り上げることに腐心して来た。山岳救助技術はセルフレスキューと異なり、事故発生から時間を経過しており、その場所の特定も極めて難しい。下界で行われる救命方法とも異なる。限られた道具と人員で、処置と搬送を行うのである。今回の講義は、私達の救助技術を根底から揺さぶるに値するものであった。その夜、講師室では新しい搬送方法が議論された。考え出された搬送方法は、筆者が10数年前に試作し実践に使用していた方法の見直しであった。これまで私達は長野県の方が考え出した合羽搬送方法を小国流に改良して実践で使用してきた。現在検討しているのは、これとは基本的に考え方の異なる方法なので、「山形方式」と命名することにした。幸い私達の周囲には、現役の医師である岡崎小国山岳会々員を始め、医療に関するプロフェッショナルが揃っている。今後、総力を挙げて山形方式の開発を進めて行きたい。
二日目も各班毎の行動である。各班リフトを乗り継いで1,450mまで上がる。ここから先頭を交代しながら磁石と地図で指示されたポイントに向かう。途中で車道の確認、海老の尻尾の説明を行い、避難小屋に到着。さらに上を目指す。車道を横断する所では看板に着いた氷を落とし、県境であることを確かめる。まもなく旧リフト乗り場に到着。ここで休憩を取る。磁石を熊野岳にセットし直しトラバースを開始する。いきなり沢を越える。先頭は這松の空間を時折り踏み抜いて苦労している。念のため受信モードにしていた雪崩ビーコンが微かに反応する。結局、2箇所で反応があったが、強くなることはなく、恐らくはトラック等の違法無線の影響だと考えられる。筆者担当のA班はここでカンジキを付ける。仙人沢右又沢は問題なく通過する。視界は数10m、一面這松等潅木によって凹凸の形成された雪原である。よく観察すると、背後下方に樹氷の平坦地が見られた。標高1,570mの台地であろうと検討をつける。
薄っすらと前方に1班が見えた。無線で交信すると、他の2班は私達より標高を高く取って行動しているらしい。磁石の示す方法が下り始めた。班員を集め、現在地を推測させる。僅かに進むと、予想通り足元がすっぱり切れた場所に突き当たった。仙人沢左又沢の源頭で崖記号の上部付近と検討をつける。スコップで這松を掘り出し、シュリンゲをセットする。50mロープを繋ぎ、底の見えない谷底に放る。カンジキを脱ぎ、先頭を切って班長が肩懸垂で下降する。沢は途中で大きなテラスがある。そこまで彼を確認できた。その後、彼は突然姿を消して、叫び声が仙人沢に響いた。
何時まで経ってもロープは張り詰めたままで、呼びかけても応答がない。隣で下降している高貝班の1人が照らすに下って彼の様子を確認する。「助けてくれと言っています。ロープが首に絡んでいるようです」との報告があった。生きているらしい。「自分でロープを外して脱出しろ」と声を掛ける。私達にはもう手持ちのロープはない。高貝班がテラスにロープをセットして救援に向かう準備を始めたようだ。恐ろしく長い時間が流れた。そして、ついにロープが緩み、「自力で脱出に成功しました」との声が谷に響いた。
次々に班員が下降を開始する。全員が谷底に下り切った所で、対岸を見上げると結構な傾斜である。高貝班は直登を選んだ。筆者は班員を待機させ、谷の上部を偵察する。地形図の露癌記号をポイントに集合させ、キックステップで登る。思ったより容易である。後続を呼ぶ。
現在の標高は1,730m前後だろう。磁石をセットし熊野岳南西に広がる緩斜面のトラバースを始める。視界は一段と悪くなる。蔵王沢と仙人沢の間の尾根は複雑な地形になっている。適当な地点で磁石を西にセットする。間違っていなければ小沢を越えて尾根に出る筈である。「先が崖になっています」と先頭の声がする。ピッケルで雪塊を作り落としてみるが、ガスの中に消えていった。幾つかの雪塊を放りながら急斜面を下降する。程なく平坦な底に雪塊の窪みが見えた。問題なしである。下降するように指示する。視界のない中で、この付近の行動はかなりの読図力が要求される。この部分だけは筆者がトップを勤めてルートを探る。海老の尻尾に覆われた潅木帯になると視界もやや出てきた。尾根が明確になった時点で先頭を替わる。トレースは雪で消えかけているが、別班が先行しているようだ。トレースを信じないように、自分達で磁石を見つめる。
広大な鞍部に出る。ここを登れば中丸山である。無線で私達の班が最後尾であることを知る。先行班のトレースはなくなっている。山頂直下で雪庇を避けて登っていく。斜面をピッケルで叩くと衝撃で表層雪崩が発生した。ピッケルで雪面を叩く方法と、円柱を作る弱層テストを体験してもらう。
中丸山の山頂は平坦で長い。再び磁石をセットする。方位を頼りに下山するのは緊張する。僅かな角度の違いが大きな誤りになるからだ。高度計で1,300mを確認し、磁石の設定を変える。雪は不安定だが樹林帯なのでどんどん下る。1,230m付近で先頭を止め、読図を指示する。皆よく意味が分からないらしい。不動滝と観音滝の間から小沢が入っており、正しいコースは小沢の左岸なのに、現在沢が左にあることを指摘する。ついつい下ることに夢中になって、微妙な地形には気づきにくいようだ。小沢を横断すると、先行班の足跡があった。先行班から「吊橋の手前が危なくなっているので、上流部から下降するように」と助言の無線が入った。筆者が先頭になり急斜面を下る。表層雪崩が足元から流れて行く。橋のすぐ上は、固く急な雪面に不安定な新雪が乗っていた。一歩一歩ピッケルを刺して後ろ向きに下る。滑れば90度の壁を仙人沢まで直行である。全員が橋を下り切ったことを確認する。最後はリフト降り場まで樹林帯を登る。班員はかなり疲れているようだ。ゲレンデには殆ど人がいない。宿舎前で点呼し、全員の無事を確認し解散とした。
                       (以上井上邦彦)
 訓練三日目天候は幾分曇っているがまずまずの天気である。最終日は午前中で終了となることから時間的に余裕がない、準備にとりかかるが昨日の夜間訓練のせいか幾分動きが悪い。井上講師は子供さんの卒業式とのことで早朝帰還し代りにA班は仁科講師が受持つこととなった、事務局の配慮もあり昨日より遅く8時30分から訓練を開始する。我B班を召集するも人数が足りない、同室者に確認をとったところ体調不良とのこと、昨日は捻挫で1名欠席したというのに・・・よもや休憩もさせず中丸山で飯を食わせなかったのが原因か・・・やむなく本日も欠席者1名をみる、先行き不安である・・・。点呼後蔵王観光のご好意により早めにリフトを動かしていただき一路仙人沢へ向かう、本日は雪崩捜索、懸垂下降、吊り上げ、吊り下げ救助、シート搬送の予定である。
 昨日下ってきた中丸山への上り口となっている不動滝下流の吊橋付近で訓練を実施する。はじめに雪崩予知の上から弱層テストによる現場状況の把握と捜索のポイントを説明、次にカッフとコール(初動捜索)による捜索要領とプローブ(ゾンデ棒)による捜索方法を実施する。雪崩捜索にあっては二次遭難の予防を前提に行動すべきである。事前に高貝・仁科の両講師が埋めておいたダミーのブルーシートをプローブ(ゾンデ棒)で捜索する。目印のデフ棒を設置しているのだがわずかにズレても当たりがなく捜索の難しさを体験した。(最近のプローブはアルミ製で軽くワンタッチ式で組み立てられるものが主流である、目盛がないものは付けておくと使いやすい。埋没者の生存確率は15分以内だと93%が助かるとの報告もあり、万一の救助では5分で発見し10分で掘り出すことを目安として積雪期の行動では是非携行しておきたいものです。ビーコンの操作要領まではいけなかったがこれについても単独行や冬山では有効であるから合せて携行願いたいものである。)
 直接樹木をアンカーとした確保支点の取り方やギヤ(用具)の取り扱い方法を学んだ後に高さ25mほどの仙人沢岸壁で懸垂下降の実技訓練を行う、初めて体験する方も次第に慣れスムーズなロープ操作が出来るようになった。(雪の上では「落とさない・無くさない・傷つけない」ことが身の安全につながります用具は大切に扱ってください。)
 次にレスキューハーネス(負傷者搬送用ハーネス)を使用した吊り上げと吊り下げを実施した。プーリー(滑車)を使用することにより摩擦力の軽減が図られより確保しやすくなることや、より小さな力で吊り上げるにはどんなシステムを作れば良いのかを体験学習した。吊り下げから吊り上げへの切り替えや途中での仮固定方法、ギヤの足りない場合の代用方法など時間が足りない中でシート搬送の省略等十分な訓練に至らず申し訳なく思います。
 救助の実態は現場状況によって異なりますし、教科書どおりにはいかないものです。それぞれが果たす役割を認識し創意工夫が必要となります、「訓練で出来ないことは本番でも出来ません」日々の努力をご期待するしだいです。
 貴重な三日間参加者の皆様、事務局の方々ご苦労さまでした、補足訓練は次回へ持ち越しとさせていただきます。
                      (以上菅野享一)

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