登山者情報910号

【2005年05月28-29日/春山合同技術訓練/井上邦彦調査】

今回の訓練は、山形県山岳連盟の指導委員会と遭難対策委員会が主催し、飯豊朝日山岳遭難対策委員会(事務局:小国町役場町民課)と飯豊朝日を愛する会の後援を得て実施した。車道を管理している小国町役場地域整備課の協力を頂き、雪崩と道路欠損部があるため一般車両の進入を禁止している大淵のゲートを開いてもらい、車で温身平まで入った。
参加者氏名は「高貝喜久雄(今回の主講師)・齋藤弥輔(遭難対策委員長)・井上邦彦(指導委員会委員長)・菅野享一(副理事長)・竹田通則・小原希・横山利夫・吉田岳・渡部政信・三島亮・辻村輝幸・粕川令人(理事長)・森野治美・齋藤金也・阿部吉太郎・鈴木広和・海老潤子(副講師)・笠原正雄・田中俊吉・葛西郁子・伊藤市子・齋藤卓也・菊池修三・小枝道也・川口志枝子・笹川徹・山田亘・小口美代子・後藤文子・及川茂樹・高橋満弘・津田隆志・津田敬子・奥山仁博(事務局長)・志藤聡・・・( )内は山形県山岳連盟職」総勢35名の大所帯となった。
梅花皮荘の駐車場に集合し、団体装備の振り分けと個人装備の貸し出しを行い、最小限の車に分乗して天狗平に向かう。道路は陥没して補修工事が必要な箇所が何箇所かあるが、すれ違いは無理でも車両の通行には支障がない。雪の状態も落ち着いてきた。今後は補修工事と飯豊山荘オープンの兼ね合いで進入制限解除となるだろう。
09:05温身平十字路発。殆ど雪のなくなった林道を歩き、上の砂防ダムを過ぎると雪の上になる。緑の濃くなったブナ林であるが林床にはまだ雪があり、部分的に夏道が露出している。昨年の倒木が片付けられずに登山道を塞いでいる。登山道の適正な管理を邪魔している一部の自然保護団体や、そのご機嫌取りに終始している一部国家公務員に怒りがこみ上げてくる。
09:48-10:12うまい水で休憩を取る。水場はすっかり露出している。出発時間が遅く、また快晴のために下着は汗で濡れている。顔を洗ってさっぱりとする。ここでは定番になったニリンソウとトリカブトの見分け方を勉強する。茎の途中で葉が分かれているのがトリカブトで、最初から葉が分かれているのがニリンソウ。茎が中空になっているのもニリンソウの特徴である。
高貝講師が盛んに女性陣にトイレを促す。彼によれば、「汗をかくので、水分はできるだけ摂取した方が良い。女性はトイレが苦痛なので、どうしても水分補給に消極的になる。だから行ける時には積極的にトイレに行くべきである」とのことであった。
婆マクレは足場が悪い。毎年ここは土砂崩れで道がなくなり、登山者が歩くことで自然に道型ができてくる所だ。ここでも私達は登山道整備を制約されているため危険を放置せざろうを得ない。自然保護団体は事故の責任を取ってくれるのだろうか。
地竹沢を過ぎ、地竹沢の夏道に上がる。近大慰霊碑脇を通ってまもなく雪渓に上がる。ここからは暑さからも逃れ快適な歩行が始まる。
窪んでいる所は避けて滝沢出合、梶川出合をS字状に過ぎる。梶川出合上流左岸水場の大岩が2個頭を出した。正面に門内沢を見ながら進む。
11:10-52石転ビ沢出合で大休止とする。台地からの水が使えた。左岸は上部のブロックが危ないので近寄らないほうが良い。石転ビ沢を登って行く登山者達が見えた。
12:42-13:10ホン石転ビ沢対岸の僅かに上流の左岸部で休憩、ホン石転ビ沢も対岸の枝沢も雪で覆われている。ここで始めてアイゼンを着ける。HZUはアイゼンなし、これは万一の滑落者やブロック雪崩にいち早く対応するためである。アイゼンを履いていると走った時にアイゼンを引っ掛けやすくなる。
13:45-14:05北股沢出合で休憩する。いよいよ急斜面となる。AXLが一人で先行し小屋で準備を行うこととした。AXLは北股沢合流点から石転ビ沢を斜めに横断するようにルートを取る。その後に各メンバーが続くが、自信のない方の下方を歩いて滑落に備える。
15:20梅花皮小屋に到着、すぐさまAXLが冷やしてくれた缶ビールで喉を潤す。多少疲れた方もおり、最後尾は16:00近くの到着となった。
本棟2階を貸しきって夕食の準備を行う。AXLは管理人兼務のため大忙し、コック長は当然LFD、予定の料理以外にEHJが野生の鴨を一羽持参したので、鴨鍋が追加された。
料理の時間を利用して、高貝氏の講義が始まった。詳しくは別な機会に掲載したいが、例えばこんな調子である。
「リーダーは年齢や過去の経験・役職・資格等で選んではいけない。現在一番登っている人がなるべきであり、体力のないリーダーは不要である」ロープの結び方はエイトノットとクローブヒッチのみを確認した。
講義の後は、下の階に居合わせた方も参加して恒例の楽しい夕食会が行われた。

翌29日も快晴に恵まれた。今回の技術研修目的は、HZUを始めとした小国山岳会員が習得している従来の文部省登山研修所や日本山岳協会指導員の技術から脱却し、より現場に対応する新しい技術の確認と普及である。
08:00頃、訓練開始。始めに高貝講師と海老講師により模範演技が披露された。二人は小型無線で連絡を取り合っている。確かに実際の現場では声が届かないことが多い。コンテニュアス(同時登攀)では5〜10m程度の長さである。そもそも長い距離の滑落には対応できないとのことである。ハーネスのカラビナにエイトノットでロープを繋ぐとロープを短くして首と肩に掛け、クローブヒッチでこれもハーネスのカラビナで固定した。さらにハーネスに付けたATC(豚の鼻)に相手側のロープを通す。相手が落ちた時はピッケルを雪面に打ち込み、もう片方の手でATCを使って相手の滑落を止めた。雪稜の反対側に飛び込んでも良いと言う。隔時登攀の時も基本的には同じである。ただロープが長くなり、支点(スノーバー等)が加わるだけである。
模範演技が終わると、全員に急斜面をキックステップで登降してもらい、その歩き方で高貝講師が上級班を選出する。残りは初級班としてHZUが預かることになった。上級班はフル装備でロープを組み、高貝・海老講師から繰り返し指導を受ける。上級班の訓練については、後日記載する。
初級班は、最初に平坦な所でピッケルなしの滑落停止を反復練習。どうしても回転が遅い方や両脇が開く方、両足を揃える方がおり、3点を重点的に指摘する。次にやや急斜面での同じ訓練を実施して、ようやくピッケルを持つ。中にはピッケルの持ち方やピッケルバンドのつけ方を知らない方もいるが、一から教えている暇はない。また雪も多少ザケ始めている。平坦地で形を確認したあと、急斜面でノーマルな滑落停止を繰り返す。止まれなければ北股沢まで一直線に滑落する。何故か初心者クラスに落ちた津田・小原両名と私の3人で下に待機し、下まで落ちて来た方を止める役。
次はキックステップ、やはりへっぴり腰の方も目立つ。何回も繰り返して慣れるのが一番である。そしてアイゼンを履く。雪が軟らかいのでアイゼンが効かずに、訓練としてはやや不十分。
最後の卒業試験はかなりきつい斜面を下り、雪面の亀裂を飛び越えるのが課題である。始めに私が見本を示し、津田・小原も成功し、これで着地に失敗した時の備えはできた。
事件はTさんの時に起きた。最初に小さな亀裂を飛び越え、急な斜面に差し掛かった所で滑落、加速度をつけて落下してきた。この亀裂は2段になっており、そこで多少衝撃を受け止める計算であったが、想定より早い段階で滑落したため一つ目の緩い亀裂がなく、いきなり深い亀裂に飛び込んでいった。この亀裂は覗いてみると真っ暗でどのくらい深いのか分からない程である。慌てて覗き込んでみると、平らな花崗岩の上にアイゼンが見えた。頭部は暗闇の中で見えない。「ロープ!」と叫んで、上級班に救援を依頼する。同時に「生きているか〜」と声を掛けると、意外にも明るい声で「生きていま〜す」という声が返ってきた。亀裂の中に潜り込み、動けないでいるTさんに手を出すように言い、握手をして引き上げると簡単に持ち上がった。「痛い所はないか?」と尋ねると「何処もありません」しっかりとした返事。私の真似をして登るように伝え亀裂から這い上がる。花崗岩から雪上までは4m程度であろうか。
今になって分析すると、雪面を落下してきたTさんは亀裂の雪壁にぶつかり滑落のエネルギーを一旦失い、平坦な花崗岩の上に落下したのだろう。またヘルメットを着用していたことも良い結果をもたらしたと思える。幸運が重なり大事故につながらず、胸をなでおろした。
その後は私が亀裂の手前に立ち、滑落に備えた。皆、緊張しながら卒業試験をクリアして行った。途中でもう1名の方が滑落したが、小原が体当たりをして衝撃を弱め、私が駆けつけて停止させた。アイゼンを着用した人間が急斜面を滑落してくるのを止めるのは、少々度胸がいる。小原(小国山岳会)も確実にレベルアップしているようだ。
最後にTさんから再度の挑戦申し込みがあり、今度は無事にクリアした。滑落のショックは何処へやら、彼女の意気込みに圧倒される一幕であった。
卒業試験を終え、集合するとちょうど時計は10:00を指していた。上級班も集まってきた。話を聞くと、全員眼を閉じて後ろから叩き落されたとのこと。上級班も充実した訓練だった様子である。
小屋に戻って装備を片付け、下山の準備を行う。結局水洗トイレは水圧が不足しており、水槽に水が溜まらずに開けることはできなかった。
下山の準備ができた段階で、菅野副理事長からザックとカッパを使った搬送法の説明があり、受講生のみで搬送の準備に取り掛かった。怪我人役は川口さん、指揮は齋藤さん。ああでもない、こうでもないと工夫しながらなんとか搬送準備ができた。怪我人役と背負い役はハーネスを付け、テープでビレイを取り、50mロープで確保を行った。確保の方法はピッケルにロープを2回巻き、そのピッケルを雪面に刺し込み、グリップビレイで行うこととした。
始めは皆ぎこちなく、受講生同士で教えあう。基本的に講師陣は黙って見ているだけで、危険と感じた時点で注意と指導を行った。見ていると、空中で背負役が交替する時、素早く両脇で怪我人役を抱える2人がいなかったり、確保役がロープをスムーズに出すことができなかったり、先行してルートを指示する役がいなかったり、次の背負役や確保役が決まっていなかったりとトラブルの続出で、その都度に搬送がストップしていた。このため時折、講師陣の「何をしてるか〜!」と罵声が飛ぶ。
昨年も訓練に参加した津田さん・伊藤さん・葛西さんは、昨年と見違えるように自信を持って確実に下っている。一方、今年初参加組のうち数名はまだ急斜面に慣れておらず、各々サポートを受けながら下っている。
北股沢出合で搬送訓練を終了。怪我人役の川口さんから感想を語ってもらった。「背負役が同じ人でも1回目はおっかなびっくりで安定していなかった。2回目になると慣れてきてスムーズになった。股関節が痛かった。一番良かったのは・・・」最後の言葉は聞けなかった。途中でこっそり聞き出した感触によると、やはり今回初参加者と担ぎ慣れているメンバーでは違いがあったようだ。何事も経験が大切である。
北股沢出合からは楽しみながら下る。ホン石転ビ沢付近でブロックが数個落ちていくのを見て「ラーク!」の声が雪渓に響いた。何名かがスキーで下ってくる。5月8日にお会いした西川山岳会の山中さん達で、山中さんは梅花皮岳からホン石転ビ沢を滑ってきたとのこと、最上部の急斜面を考えると信じられない思いである。
石転ビノ出合で大休憩、昼食である。Kさんが左足を引きずるようにして到着。聞けば足首の調子が良くないとのことである。早速、皆を集めて高貝・海老講師の応急処置講座が始まった。足首を痛めた時のポイントは、@絶対靴を脱がせないこと、靴を脱がせて湿布を貼る等は論外である。A靴紐を最上部までしっかりと締め上げる、シュリンゲがあればさらに足首を締めて固定する。Bガムテープを持っていたメンバーがいたので、以上の処置をした足首をさらにガムテープで固定、そのまま靴底も含めて固定する。C脹脛の具合が悪い時はズボンの上から脹脛をガムテープで固定する。D必要に応じてピッケルを逆さにして副木代わりにガムテープで足に固定する。ピッケルのスピッツェ(尖っている所)にガムテープを巻いて危険を予防し、左手でピッケルを持って歩く。
今回はピッケルを外してCまでの処置で歩いてもらうこととした。Kさんによると格段に具合が良くなったとのことであった。
最後にTさんが疲れきった様子で到着する。彼は脹脛に落ちてきたブロック(雪の塊)を当ててしまったとのこと。再び応急処置講座が開かれた。まずズボンをまくり上げて一言「足が細すぎる、もっと鍛えないといけない」次に患部に触診して、特別な異常はないと診断、「強いて行うとすれば、冷湿布かな」以上で治療は終了。Tさんはぽつりと「ブロックは本当に音がしないで落ちてくるのですね」
分析すると、雪渓を歩く時は足元だけでなく雪渓全体を見回し、危なそうな箇所をあらかじめ観察し、ブロック発生の可能性、途中に亀裂があって止まるかどうか、逆に小さなブロックが大きなブロック雪崩を誘発しないか、ブロックはどのようなルートを取って落ちていくのか、そのとき自分は何処に逃げるか、それらを考えながら歩いている必要がある。それが疲れてやっとの思いで歩いていると、注意力が散漫になり足元以外は見えなくなって胃しまう、従って小さな気配を感じ取れなくなって事故につながるのである。
地竹原で雪渓から離れ、暑苦しい夏道歩きが始まる。一気にうまい水まで下り休憩とする。Oさんは婆マクレで足を滑らせ数m落ちたが、自力で這い上がってきたとの報告を受ける。ここで私は最後尾に付くこととする。どうしてもTさんが遅れる。渡部・小原と他愛もない話をしながら、残り少ない残雪のブナ林を楽しみながら下る。
車の置いてある温身平十字路に着くと、先に到着していた皆が出迎えてくれた。点呼を取り(人数が多いので休憩毎に点呼)、全員無事下山を確認する。指導委員長・遭難対策委員長・理事長の挨拶を行い、記念写真を撮って各自車に乗り込む。高貝講師は、「今回は人数が多すぎた。来年は先着順などで人数規制が必要でないかと提案(今回も途中で募集を止めています)。
登山道を歩いている方々には申し訳ないが、車で梅花皮荘に移動。梅花皮荘で団体装備や貸出装備を返してもらい、解散。梅花皮荘や奥川入の風呂に向かった方もいたようだ。
私は一旦帰宅し風呂に入りLFD宅。ここで今回残った肉や頂いた酒で反省会。私は何時しか横になっていた。
今回のコース

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なお写真はLFD・QVH・HZU・笠原・笹川さん提供です。

参加者の山田亘さんのホームページにも掲載されています。